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【修羅場】母親という人は、若いうちに結核かなにかで長期入院していた経験があるのに自分の家族が体調悪いときに気遣うということがまったくできなかった

修羅場
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119: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/10/13(月) 15:08:01 ID:27T3J5ube


他の人ほど毒は強くないがうちの親も毒親。

親父は転勤族だったのだが、小学校高学年になって地元に戻ってから、
毎週末祖父母の家に泊まりこむようになった。


自分と弟も絶対同行させられた。
 


土日に家に居ないからスポーツクラブみたいなものも続かないし、友達とも遊びにいけない。
祖父母の家は農家で敷地は広かったが正直遊ぶものはないし、祖父母の家で放置されているだけでとてもつまらなかった。
もっとも手ぶらで父親込み4人で押しかけてこられた同居の伯母はもっと大変だったと思う
よく追い出されなかったものだし、冷たくされることもなかった。
伯父伯母には感謝しかない。

この週末泊り込みが高校卒業まで続いたのよ。
部活とかがあるといっても
「実家詣で優先!」
といわれ部活も途中で消えるように退部せざるを得なかったし、何より勉強する時間もなかった。


勉強道具を持っていくにしても場所がなかったり、あと親は祖父母にいい顔したくて何かと手伝わせようとしたり。
 

私の時代は共通一次だったけど、その試験の直前の週末も行ってたからさすがに従兄弟が注意したけど、ぜんぜん聞く耳もたない。
なんか、どこかがおかしいというか狂っているんだろうね。
子供たちがつまらない思いをしているとか、祖父母や伯父伯母が迷惑するだろうとかそういうことがわからなかったみたい。
他の人から注意されても
「親が居るんだからいいでしょ」
と話が通じない。

祖父母も伯父伯母もいい人だったけど、正直もう親戚の家になんか行きたくない。
というか気を使いながら他人の家に泊まるのが苦痛。ホテルのほうがいい。

就職で親元はなれてからほとんど帰省していないし、親戚の家にも全く行っていない。
休みを自分の好きなように使えるって幸せ。

 

 

120: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/10/13(月) 15:16:58 ID:27T3J5ube


119の続き

毎週そうやって家を空けているとどうなるかというと、まず近所に相手にされなくなる。
「あそこの家はいつもいない、町内の行事にも参加されない」
家の中が片付かない、居心地がよくない。

そうこうしているうちに今度は父親が、家の居心地が悪くなってせいかどうか父の妹の家(私からみて父方の叔母夫婦)にいりびたるようになった。
これもいくら実の兄とはいえ、よく追い出さなかったものだと思う。
もっとも父がなくなったあとに連絡もとだえたので相当迷惑していたんだろうなとは感じている。
母はそれが不満だったそうだけど、だったら家を居心地よくしろとか家族の様子をちゃんと見ろといいたい。

父親も他所の家に入り浸るようになったのが私が中学のころ。
この頃から明らかに我が家の衰退が始まる。

まず父親が体調を崩した。
最初は痔だと思ってたらしい。
あるとき帰宅したら母親から
「整理のときトイレを汚したら片付けろ!」
と叱られた。
何のことかというと、まず私はその時期じゃなかった。次にトイレが鮮血に染まっていたらしい。
グロ注意なのだけど、普通そういうときに鮮血には染まらないでしょうが。
と、冷静に母親に言ったところ、もごもごしていたが何も言わなくなった。
でさ。普通だったら鮮血を見たら、まず誰のかを調べるし、病気かどうか医者に連れて行くとかするよね?
母はなーんにもしないの。
そのまま掃除して何も無かったことにしている。
私も一回現場をみたけど、ありゃ整理云々って量じゃないわ、誰だろうと思ったら多分父。
時々昼ごろかえってきてトイレにこもってたらしい。営業だからそういうことができたんだろう。

121: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/10/13(月) 15:23:22 ID:27T3J5ube

120の続き

トイレのたびにそんなに出血しているようじゃ、もう多分相当辛かったのではないかな。
その後父は意を決して肛門科に行くが速攻で大病院に回された。
診断は直腸がん、それももう末期。
トイレが血に染まってたーなんていう事件から1年ほどあとのこと。
1年も何をやってたのだろう。私の父母は。

そういう私は何やっていたかというと、週末ごとに親戚の家に連れて行かれこき使われたりするのが嫌で嫌でしょうがなくて、親のことは触れないようにしていた。
正直勝手にタヒねばと思っていたし、それは後悔していない。

ところで父は入院で早速手術となったのだけど、ここで母親が暴走して親戚の招集をかけた。
召集かけるのはいいが、自分は病院につめないといけないのに、後を私に任せて10人以上がさして広くもない自分のうちに集まったのが修羅場。
ホテルもないど田舎に呼び出されて宿泊場所も無かったであろう親戚も多分修羅場。
このときのトラウマで他人を家にあげたくなくなった。

父親はその後半年ほどでなくなったが家にほとんど居なかったので、私としては平穏そのものだった。

122: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/10/13(月) 15:38:37 ID:27T3J5ube

121の続き

母親という人は、若いうちに結核かなにかで長期入院していた経験があるのに自分の家族が体調悪いときに気遣うということがまったくできなかった。
病院にいくのを嫌って子供が高熱でも学校行かせて学校から注意されたり。

結局家庭がちゃんと機能していないというか、夫婦関係がおかしいから他所の家に入り浸ったりするんだろうと思う。
そしてそうやって入り浸る=自分の配偶者や家族と向き合わないっていうのは必ずどこかでしっぺ返しを食らう。

うちの家族に関してはその後、兄弟みんな就職とともに家を離れた。
兄弟仲は普通だけど、家に居たくないと言う気持ちは同じ。

そしてめったに帰省もしない。母親については正直愛憎というよりどうでもいいと思っている。

以上長々失礼しました

123: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/10/13(月) 18:06:24 ID:1WjIOx2K0

愛の反対は憎しみではなく無関心です、だっけか
義実家詣では「お金を与えとけばいい」とか「塾や家庭教師を用意してやったとか」と同じかね?
それともそんなことすら考えていなかったのか

嫌な体験だったろうけど、せめて人生の後々まで毒親が関わってこなくてよかったね

 

 

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