北津軽郡外ヶ浜町 

 

竜飛埼の後に、車でその下の集落に降りてみました。

階段国道の下部にあたるところです。

 

 

太宰治の石碑などがありました。

かつてこのあたりを取材旅行し、小説「津軽」を執筆したそうです。

 

 

 

 

この銅像の方のおかげで竜飛岬までの道ができたそうです。

 

 

大正時代まで道路が無かったというのは、ここに来るまでの地形を見れば納得です。

技術的にはもっと早く開通できたかもしれませんが、道路を通したところで何もない土地。

 

昭和四年の開通記念碑。

 

 

グーグルマップを拡大するとわかりますが、津軽半島最北端は竜飛埼ではありません。

その先にある帯島という無人島です。

堤防で繋がっているので車でも行くことができます。

 

島には海の安全を願って弁天様が祀られています。

 

 

国道339号線、通称「竜泊ライン」を南下し、竜飛埼を後にしました。

 

 

 

北津軽郡中泊町 

 

竜飛埼を出るとしばらく何もなく、グネグネと曲がった道が続きます。

 

 

途中、「眺瞰台」という展望スポットがありました。

 

かなり日が傾いているため西側の写真は逆光ですが、石碑には「眺瞰台」と刻まれています。

 

 

「竜泊ライン」はこんな感じです。

運転が嫌になります。

 

 

さらに南下し、海に近づいたあたりに「坂本台」という場所があります。

冬季はこのゲートが閉鎖され、津軽半島の西側から竜飛埼には行けないようです。

 

海岸に降りれますが、もう17時半を過ぎているのでやめておきます。

 

 

車で50mほど下ると「一ノ坂」の石碑がありました。

竜飛埼へ向かう最初の坂という意味だそうで、昭和51年の開削現地調査で名付けられたとのこと。

昭和51年というと結構最近の気がしますが、それまでまともな道が無かったと考えると秘境という感じがします。

 

 

一ノ坂を過ぎるとヘアピンカーブがなくなり、走りやすくなりました。
海沿いの道を夕日を右手に見ながらのドライブです。


この時間から竜飛に行く人は無く、対向車とはほとんどすれ違いません。

北海道なら「熊に注意」の看板が山道のあちこちにありますが、ここにはそれがないのは熊さえ住みつかないのでしょう。

木すら生えておらず、まず熊の餌になるような実を付ける植物がありません。

もっと寒い北海道にさえ木は生えていますが、この地方は風が強いので木が繁殖できないのでしょう。

わずかな海鳥以外の動物はいない感じです。

 

 

道路がない時代、吉田松陰が通ったという道の入り口が。

 

 

竜飛から最短ラインを切り開いた今の国道と違い、松陰道は緩やかに見えます。

日本海からの強風で木々も繁殖しないはげ山ということが、この写真からよくわかります。

 

グーグルマップで見つけた傾り岩(かたがりいわ)という岩です。

 

 

さらに国道を南下。

「七つ滝」がありました。

 

近づけそうなので行ってみます。

 

途中、右手に小さなトンネルが。

 

滝が上から階段のように7段に分かれて流れているのが名前の由来のようです。

下から3段の位置まで登りました。

 

滝に夕日が当たって綺麗でした。

なかなか見事な滝でした。

 

 

「道の駅こどまり」に来ましたが、18時前なので既に閉店しており、中に人もいない感じでした。

周囲に民家などはありません。

この写真が夕日マックス。

 

 

国道から県道286号線、通称「ひば峡道」を入り、グーグルマップで見つけた小泊ダムを目指します。

 

 

小泊ダムはキャンプ場や公園なども整備され、桜が綺麗でした。

 

花見やピクニックには穴場だと思います。

 

ダム上部からの眺め。

 

ダム上部は車両通行止めでした。

 

 

車は再び国道に戻り、中泊町中心部を目指します。

集落に到着しましたが、小さな漁村という感じで店のようなものはほとんど何もない。

「これ本当に町か?」と思い、調べたら飛び地だと判明。

 

 

外ヶ浜町と同様に、中泊町もイレギュラーな合併をして誕生した町です。

日本海側に面した小泊村と内地の中里町が2005年に合併して誕生しました。

今いるのは、旧小泊村にあたる小泊地区(沿岸部)です。

 

 

 

海岸線に夕日が沈むのが見えました。

撮影時刻18:19。

 

 

小説「津軽」の像記念館に来ました。

 

既に閉館していたので、銅像のみ撮影。

左から太宰治、その幼少期、乳母タケ。

 

「津軽」は、太宰自身と想定される「私」が三週間かけて生まれ故郷の津軽半島を一周した旅を綴った、紀行文のような体裁の小説です。

行く先々で朋友らから歓待を受けた「私」が、この旅の最後に訪れるのがここ小泊で、ここを訪れたのは、三歳から八歳になるまでの期間、子守として「私」の面倒を見てくれたタケという女性に会うことが目的だったそうです。

 

 

本日の目的地はこれで全部終わりです。

ここから1時間以上かけて今別町の宿を目指します。

 

 

集落を出る18:49撮影。

もう月が出ていました。

 

 

ここから一度国道339号線を南下し、途中から県道12号線に入り東進、途中から県道12号線を北進し今別町を目指すという、遠回りのルートしかありません。

つまり「U」の字に移動する感じです。

いかに奥羽山脈が険しいかがわかります。

 

 

竜飛から道の駅こどまりの間と同様に、中泊町から今別町までの山道には何もありません。

田舎のレベルを超えた秘境です。

街灯も建物もない漆黒の闇の中を、ラジオの電波も入らない状態で進むのはとても心細く、時間が長く感じました。

 

 

 

 

北津軽郡今別町 

 

今別町の明かりが見えたときにはホッとしました。

ラジオは電波が悪いながらも北海道の局が入りだしました。

北海道日本ハム対東北楽天戦を中継しています。

 

 

宿の予約をしたときに「町内にスーパーはない」と聞いていたのですが、ファミマの横にホームセンターがあり、そこで食べ物を取り扱っているようなので、夕食の買い物をして帰りました。

 

 

宿到着は20:13でした。

1時間半ほどしか走っていないのに、3時間くらい走った気がする。

 

 

宿は廃校になった中学校分校を改築した建物です。

 

宿泊費は4000円に暖房費500円で4500円でした。

現金払いのみ。

 

 

昔の学校の造りで、廊下の片側に部屋が並んでおり、突き当たりが風呂、トイレ、食堂などの共用スペースです。

 

この日の宿泊者は私のみ。

部屋は2年3組です。

 

ベッド縦置きのツイン。

ベッドメーキング、翌朝のシーツ外しはセルフサービスです。

厳冬期ではないためストーブは切ってあり、エアコンのみです。

カメムシ対策用ガムテープが設置してあります。

 

テレビは食堂で見れますが部屋には無し。

wifiは入ります。

部屋を出たところにツードア冷蔵庫が各室ごとにあります。

 

 

食堂に移動し、調達した夕食タイム。

弁当、総菜類がすべて売り切れていたので、地元のパンを購入。

 

以前ケンミンショーでも紹介されたご当地パンメーカー、工藤パンの「イギリストースト」。

本来はシュガーマーガリンですが、小倉トーストしかありませんでした。

工藤パン製品ばかり4種類購入。

 

チーズブレッドは翌日に残し、残り3個を食べました。

「くるみだいすき」という蒸しパンがとても美味しかったです。

100円台の袋パンですが、都会では考えられないくらいクルミの粒が大きい。

これは滞在中リピートしたい。

 

 

あとはカップ焼きそばと地元のさつま揚げ。

 

貧相な夕食ですが、一応ご当地パンで納得。

今日は昼に刺身を食べていたのでよしとしましょう。

 

 

夕食後、入浴。
人工温泉でした。
シャンプー、ボディソープありですが、タオルのみ持参が必要でした。
 
入浴後は翌日に備えて早めに就寝しました。

 

外ヶ浜町(竜飛崎) 

 

外ヶ浜町の国道339号線を海岸線に沿って北上し松前街道の終点を過ぎると、いよいよ竜飛崎が近づいてきました。

このあたりは集落も小さく、昔はほとんどだれも住んでいなかったのだと想像します。

 

 

竜飛崎は通称「竜飛岬」と呼ばれています。

これは石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」の歌詞の影響が相当に大きいと思われます。

 

 

国道から左(山側)に入る「竜飛ライン」の道路案内標識に従い登っていきます。

大きな風車などが目に入ってきて、もうここは竜飛崎です。

 

 

青函トンネル工事殉職者の慰霊碑が。

 

 

 

殉職者34名の氏名が刻まれていました。

 

 

昭和の難工事で有名な黒四ダムの殉職者は171人。

それと比べると時代が近代なので安全意識も向上していたと思われますが、それでもこれだけの難工事と犠牲者がいたことを忘れてはなりません。

 

 

「津軽海峡冬景色」の歌碑に来ました。

ここは見晴らしはいいですが、まだ竜飛崎の先端ではありません。

 

ここに来たほとんどの人が歌碑の前で撮影をします。

赤いボタンを押すと「津軽海峡冬景色」のイントロのあと2番が流れます。

「間奏の後2番」ではないので、レコード音源の切り取りではなく専用に録音されたと推測。

 

2番の歌詞は「♪ごらんあれが竜飛岬 北の外れと 見知らぬ人が指をさす♪」

この歌で竜飛崎は全国的に知られたと思われます。

石川さゆりさんの歌声が若いので、昔に録音されたものでしょう。

 

 

歌碑の裏からの眺め。

 

 

風は強いのに、「本当に発電できてるの?」というくらい風車はゆっくり回っています。

 

後で知ったのですが、早く回ると騒音、摩耗損傷が大きくなるので、風速に関係なくゆっくり回る構造になっているそうです。

 

 

歌碑の横が有名な階段国道の降り口です。

 

 

 

全体の2/3くらいまで降りましたが結構長い。

また登らなければいけない疲労と時間を考え、最後までは降りずに引き返しました。

 

 

再び車で竜飛崎に近づきます。

石碑などが置かれたエリアに来ました。

 

吉田松陰もここに来たそうで、その記念碑のようです。

 

 

歩行者専用の竜飛橋を渡ります。

この下は川ではなく道路です。

風が強く帽子が飛ばないよう抑えながら歩きますが、幼児ならまともに歩けないくらいの強風です。

 

 

竜飛橋を渡ると「碑の丘」という石碑の密集地でした。

 

 

 

 

 

 

これは南向きの眺望。

つまりこの海岸線は津軽半島の西側という事になります。

 

 

北に徒歩移動し、竜飛埼(崎ではなく埼)灯台に来ました。

 

 

 

 

灯台の先にあるこの展望台が一般人の行ける竜飛埼の最北端です。

柵の先は無線基地があるため立ち入り禁止で、本当の北端に行くことはできません。

 

 

 

 

 

青函トンネル記念館(体験坑道) 

 

 

再び車に乗り「青函トンネル記念館」にやって来ました。

 

 

建物前に「天皇皇后陛下行幸啓記念碑」と「海底下の石」がありました。

 

 

「青函トンネル記念館」は冬季は休館なので事前確認が必要です。

今年は4月19日オープンでした。

記念館見学のみなら400円、体験坑道(ケーブルカー)込みなら1500円です。

もちろん体験坑道込みで。

支払いは現金のみです。

 

「竜飛斜坑線もぐら号」という工事の際に実際使われたケーブルカーに乗れます。

 

乗客は3人のみ。

女性、家族向けのスポットではありませんね。

 

ゴールが見えないほど深く潜ります。

 

 

10分ほどでゴールの体験坑道駅に到着しました。

 

ここからはスタッフ先導で行動内を歩きます。

 

795mを平地で歩くのもきついのに、階段ならどうなるのか・・・。

 

 

 

海底の魚が水槽で飼育されていました。

深海というほどでもない水深なので、割と普通の魚です。

 

 

 

 

ここから体験坑道です。

 

 

 

 

 

内部で使われていたトロッコ、工具、マネキンなどが展示されていました。

 

トロッコ内部は凄く狭い。

 

 

 

 

 

 

 

阪神優勝のあの年に貫通したんですね。

まだこの時は貫通はしても鉄道は未開通です。

 

 

 

 

この先には本物の鉄道が走っているトンネルがあるそうです。

 

 

ケーブルカーは古いので頻繁に壊れます。

その都度、クラウドファンディングで復活してきたそうで、今回乗れたのは運が良かった。

 

体験坑道の最深部は入口から900m。

 

ケーブルカーで帰路に。

ここからまた登っていきます。

 

出発地点の駅まで戻ってきました。

 

ケーブルカーが駅に到着するとまたこのゲートが閉じるのですが、この開閉必要なのかな?

 

 

駅から記念館に徒歩で戻るための頑丈な扉が開かなくなるアクシデントで、2,3分待ちました。

無事空いて記念館に戻れました。

 

 

館内に地元のスターのポスターが。

今と顔が違う気がする。

 

 

ここから先は記念館の展示を見て回ります。

 

 

黒四ダム工事が「黒部の太陽」で映画化されたように、青函トンネル工事は「海峡」で映画化されました。

東宝50周年記念の大作で、高倉健、吉永小百合の2大スター共演だった割には知られていない気がする。

 

この映画は1982年の作品ですが、その時青函トンネルはまだ開通どころか貫通もしていません。

しかし、想像で貫通に成功する場面が描かれていたらしく、当時は冷ややかな目で見られていたのでしょうか?

 

高倉健さんは福岡県出身なのに、青森を舞台にした「八甲田山」、北海道が舞台の「幸せの黄色いハンカチ」、「鉄道員(ぽっぽや)」など、北国が似合うイメージですね。

 

 

展示自体に面白いものは無かったです。

 

 

 

 

定刻時間にビデオ上映があり、ちょうどよい時間だったので見始めたのですが、次に急ぎたいため開始20分くらいで断念。

記念館を後にしました。

 

 

外に出ると、ケーブルカーの巻き揚げ用ワイヤーがありました。

 

右側の滑車が付いた建物がケーブルカーの駅。

そこから道路の上をワイヤーが跨いで、少し低い位置にある巻き揚げ用モーターのある建物に入っていきます。

このような珍しい構造になっているのは、本来モーターを設置する位置が斜面になっており建物を建てることができなかったためと思われます。

 

記念館は展示物には面白いものはないので、体験坑道見学込みにされることをお奨めします。

 

 

記念館を後にし、竜飛海岸に来ました。

写真を撮り忘れましたが、竜飛埼から少し南下した場所で、岬の西側になり日本海に面した海岸です。

今は閑散としていますが、夏は海水浴もできる感じです。

 

 

これにて竜飛埼を後にしました。

 

東津軽郡今別町 

 

車は外ヶ浜町を過ぎ、同じ東津軽郡の今別町に入りました。

 

 

早速、岩屋観音がありました。

 

 

 

階段を下りていくと、洞窟まではいかない窪み(岩屋)があり、観音様が祀られていました。

昔の人が海の安全を祈願し建立したのでしょう。

 

 

しばらく車を走らせると国道脇に「だるま滝」がありました。

だるまに見立てた大きな岩の上を細い滝が流れています。

 

 

「赤根沢の赤岩」です。

赤い岩肌自体はたまにみかけますが、ポツンと1個だけ点在するのは珍しい。

説明によると、もっと奥にあったものを昭和時代に人の手でここに移動させたとのこと。

このあたりは赤岩の産地で、昔は神社などの塗料用の顔料として使われたそうです。

 

 

高野崎にやって来ました。

 

灯台があり、その先まで行けます。

 

灯台の先の階段を下りていきます。

 

赤い橋が2つ。

近くで見ると金属製の橋ですが、和風の丸みを帯びた赤い橋にしたことで、写真映えします。

 

先端は岩礁で潮だまりがあちこちにあり、歩きにくかったです。

 

 

ふたたび車で海岸線を西進し、グーグルマップにあった「袰月(ほろづき)魚籠観音」に立ち寄りました。

国道から脇道を山の方に入り、5分くらいで到着です。

 

 

説明板が無かったのですが、ブログで解説を書かれている方のブログがありました。

海上安全・大漁祈願・安産祈願に加え、女性観音であることから、女性の諸々の悩みを取り除いてくれるそうです。

 

 

高台にあるので眺めは良かったです。

奥に竜飛岬が見えます。

 

 

 

車を走らせると、国道脇に石碑があったので降車して見てみました。

袰月会館という地域の集会所の前に建っています。

 

高木恭造という方言詩人の石碑だそうです。

 

歴史上の人物かと思いきや「渋谷ジャンジャンで詩を朗読」という違和感のある一文を発見。

昭和62年没とのことで、割と最近の方です。

 

この地域の悲哀を綴った詩で、要約すると、

「この村に一度でも陽があたったことがあるか。みんな貧乏くさくて生臭い体で、若者はよそへ逃げジジババばかりがうじゃうじゃ。夜になれば沖で亡者が泣いている。」

というとても暗い内容の詩でした。

 

 

 

いたたまれずすぐに退散。

 

 

車で少し進むと袰月海雲洞釈迦堂がありました。

 

 

横には滝が流れていました。

 

地域の皆さんの手で綺麗に保たれています。

 

 

鋳釜崎展望台に来ました。

 

先端に展望台が。

 

先ほどよりも竜飛岬に近づいてきているのがわかります。

 

 

グーグルマップで見つけた「松陰くぐり」という洞門に行ってみました。

 

 

側面が不自然に真っ平。

これは天然の洞門に船などを通しやすいよう人工的に削ったのでしょうか?

 

 

更に車を走らせ、少し山の方に入ると「青函トンネル入口広場」というスポットがあります。

 

神社がありました。

 

 

青函トンネルに入る前にもうひとつ前段のトンネルがあり、このトンネルはその出口です。

そのトンネルを出ると200mほどの青空地帯があり、この広場や展望デッキはその地帯にあります。

 

展望デッキから眺めた青函トンネルの入り口です。

ここから本物の青函トンネルです。

 

この場所を通過する予定時刻表が貼ってあり、運が良ければ新幹線が見れますが、この日は通り過ぎた後でした。

がっしり武装した撮り鉄君が一人いました。

 

 

 

東津軽郡外ヶ浜町 

 

車は今別町を過ぎ、外ヶ浜町に入りました。

「先ほど外ヶ浜町を過ぎて今別町に入ったのにまた外ヶ浜町?」とお思いになるかもしれませんが、区割りがイレギュラーなのです。

 

 

赤線で囲まれた地域が外ヶ浜町で、完全な飛び地が2つ。

今別町はその2つに挟まれた位置にあります。

 

小さな市町村の行政区割りで小さな飛び地は見たことがありますが、ここまで分断されたのは珍しいです。

 

 

ふつうこういう場所は平成の大合併の際に一つの自治体に合併しているケースが多いですが、ここは同じ東津軽群なのに不自然な形態を維持しているのは、その時にうまく話がまとまらなかったのだと推測されます。

実際に外ヶ浜町は2005年に誕生した自治体で、それまでは竜飛崎側(左側)が三厩(みんまや)村、東側の北部が平館村、南部が蟹田町という自治体でした。

 

 

観光資源や産業などを多く持ち経済的に潤っている自治体の方が、そうでない方との合併を拒むケースが多いですが、そう考えると今別町が嫌がったのかな?新幹線利権とか?

 

 

 

義経海浜公園に来ました。

ここには源義経の伝説があります。

 

義経がこの上に登って嵐がやむよう祈ったという厩石(まやいし)。

 

 

 

 

少し上ると義経寺(ぎけいじ)があります。

仁王像が新しく、これは平成に造られたものらしいです。

 

 

 

「松前街道終点之碑」です。

大正時代くらいまでここから先はほとんど何もない場所だったので、街道は終わりという事なのでしょう。

 

 

さらに車で走ると「義経海浜公園」があります。

 

沖には甲岩(かぶといわ)があります。

 

公園内には「外ヶ浜町総合交流促進センター かぶと」があります。

 

公園、施設とも私以外の訪問者は無く閑散としていました。

ここでは「若生おにぎり」という昆布で巻いたおにぎりを食べたいと思っていたのですが、この日は用意がありませんでした。

シーズンオフだから仕方ない。

 

 

再び車に乗り込み、北上します。
これから先は竜飛埼(竜飛岬)と呼ばれる地域です。

 

4月23日(火)~27日(土)まで青森旅行をしていました。

毎度ながら、遠い将来に読み返した時のために「その時、その場所で何を考えていたか」を綴った極めて私的な旅行記です。

他の方に役立つような旅行ガイド的なことも意識して盛り込むようにしていますが、他の旅行ブログと比較するとマイナースポット満載で非常にくだらないかもしれませんので、悪しからずご了承ください。

 

 

今回の旅行の概要 

 

今回青森に行きたいと思った理由は先日「準備編」に書いた通りです。

 

 

 

青森県は奥羽山脈を境に西が津軽地方、東が南部地方に分かれます。

青森市、弘前市や津軽半島があるのが津軽、八戸市、三沢市や下北半島があるのが南部です。

 

 

 

 

今回は4泊5日で津軽地方を回ります。

1泊目は津軽半島の先端にある今別町、2~4泊目は青森市に宿泊します。

 

 

交通は大阪~青森までが飛行機、青森でレンタカーを4日間(96時間)借りて津軽地方を回ります。

回るといっても2日目以降は毎日青森市に帰るので、回るというよりは青森市拠点のハブ移動です。

 

 

1日目はこの地域、2日目はこの地域という感じで、ざっくりとした予定だけを決めておき、夜に宿まで帰ってこれる範囲でその時の気分や天候でいろいろ変更可能という自由度の高いプランです。

 

 

自宅~伊丹空港~機内 

 

4月23日(火)、青森旅行1日目です。

 

4時10分起床。

小雨が降っており、傘をさして出かけました。

 

4時台の始発に乗車。

早朝の列車に乗ったことはありますが、始発に乗るのは人生で2回目くらいで、4時台の始発は初体験です。

以前は夜勤帰りの人が多い印象でしたが、今回は思ったよりスーツ姿の通勤客が多い印象。

 

 

 

電車を乗り継ぎ、伊丹空港に到着。雨はやんでいました。

ラウンジは6時半からなので、外のソファで時間つぶし。
早朝なので暑い。というか、雨上がりの湿気と移動で歩いたため蒸し暑い。

パーカーを脱ぎ、リュックに仕舞いました。

 

 

 

ラウンジではトマトジュースとカフェラテをいただきました。

 

 

滞在20分ほどでラウンジを出て、出発ゲートへ。

スマホにチケットQRコードの画像をダウンロードしてきたのでチェックインの必要はなく、コードを機械に通すだけで通過。

保安検査ではポケットの鍵束を出し忘れ、警報機を鳴らすミス。

 

 

搭乗口は23A。

23、23A、23Bがあり、それぞれ全く別のゲートなのでややこしい。

 

 

ゲートからはバスで飛行機に移動。

タラップで搭乗します。

 

 

席は2+2の窓側A席。

 

 

朝は滑走路の渋滞があるそうで、定刻より5分ほど遅れて離陸。

雲の上は当たり前に晴れてますが、毎回楽しみにしている地形眺望は眼下一面の雲に遮られかなわず。

 

 

ラウンジで冷たいものと熱いものを一度に飲んだためか、腹が緊急事態宣言発令。

ベルトサインが消えるのを待って、トイレに直行。

CAによるドリンクサービスが回ってきた後でしたが、戻ってきてくれたので「いろはす」を。

 

 

秋田県のあたりから雲がなくなり、景色が見えるようになりました。

雪が積もる高い山が岩木山、ふもとに広がる街がおそらく弘前市。

間もなく到着です。

 

 

 

青森市 

 

定刻より約10分遅れで到着。

青森空港はこじんまりとした空港です。

現地の天候は晴れ。

 

 

空港バスで青森市郊外のレンタカー店まで移動。

 

 

レンタカーは「ダイハツムーヴキャンバス」でした。

最安の軽自動車の「ダイハツミラ」クラスが予約時に満車だったため、軽プレミアムクラスです。

 

写真は2日目に撮影したため少し汚れています。

 

オプションで付けたカーナビは無名メーカーのものでしたが、機種は新しく使いやすかったです。

車は走ればいいですがカーナビがハズレだとすごく困るので、私にとっては車より重要です。

 

 

青森市内を通過し、津軽半島の東側の国道280号線を海岸線に沿って北上します。

地図では海岸線を走っているように見えますが、道の海側にも民家が建っており見晴らしは悪いです。

漁村といった感じの地域が続き、3桁国道だけあって道幅もそれほど広くないため、あまり楽しくないドライブです。

 

 

 

東津軽郡蓬田(よもぎた)村 

 

青森市を通過し、東津軽郡蓬田(よもぎた)村に入りました。

最初の立ち寄り地は「たままつ海の情報館」。

無人施設?で海に関するパネル展示など無料で見ることができますが、スルー。

トイレだけをお借りしました。

 

 

 

東津軽郡外ヶ浜町 

 

蓬田村を過ぎた車は同じく東津軽郡の外ヶ浜町に入りました。

ここの蟹田港には「トップマスト」という塔があります。

下はフェリーの切符売り場や事務所、土産物店、飲食店が入っています。

 

 

外からは立派な施設に見えますが、塔はエレベーターもない、足元がグレーチングの簡素な造りです。

最上階まで登ってみました。

 

かなりしんどかったですが、グレーチングなので上を見上げるとあと残りがどれくらいなのかがわかって登りやすかったです。

強風でこの扉を開けると一気に全開まで持っていかれそうになります。

小学低学年なら扉を閉められないレベルでした。

 

外に出て対岸の下北半島を眺めます。

 

 

蟹田港から対岸の下北半島までは1日2往復の定期便が出ていますが、この日は強風で欠航。

上の写真でもわかるように海にはそれほど波は無いのに。

交通機関としては利用上計算しにくい不便さです。

 

 

車は平館台場にやって来ました。

ここは昔の砲台跡が公園として整備されており、平館灯台もあります。

 

 

 

 

事前にグーグルマップで見つけた灯台横の「ペンションだいば」で昼食です。

 

客層は地元民や付近の工事関係者で、旅行者と思われるのは私のみ。

口コミで「イカハンバーグと刺身のセット定食がある」との情報を知っていたのですが、メニューに記載なし。

おかしいなと店内を見渡すと黒板メニューとして存在しました。

 

 

刺身の切方が雑で分厚く、漁師飯という感じで良い。

刺身は鯛、生蛸、あと鯛に似た何かでした。

お盆中央の容器の左側は自家製鯛味噌。

ご飯の友だと思いますが、私は刺身にもつけていただきました。

刺身の食べ応えがあり、非常に美味しかったです。

1500円也。現金払いのみ。

 

 

北上するに連れて道路脇から民家がなくなっていき、だんだんと見晴らしがよくなってきました。

いつの間に津軽半島の上部に到達し、車は北というよりも海岸線に沿って西に向かって走っているようです。

 

 

ここは網不知海岸という場所です。

対岸に下北半島が見えます。

 


車はさらに海岸線を北上します。

①現金             19,113円

②クレカ、電子マネー等     89,863円

③ポイント、優待券払等     46,022円

④合計                      154,998円

 

キャッシュレス割合【(②+③)/④】 87.7%(前月99.3%)

タダ活割合    【③/④】      29.7%(前月81.2%)

 

家賃、公共料金、趣味に伴う金額の大きな支出などは含んでいません。

「普段の生活で財布を開いて出す支出」とお考え下さい。

 

 

 

 

【総評】

 

今月は過去最大の支出でした。

過去に月10万超えた記憶がないのですが、大幅に更新。

原因は青森旅行です。

 

旅行の際はツアー代や飛行機代などの事前出費と旅行期間中の出費に分かれますが、その両方が4月中に発生しました。

今までは2つの月に分かれていたので分散していたものが一度に来たので、当然高額になります。

 

 

支出における旅行費用の割合が高いため、タダ活割合も過去最低でした。

paypayグルメのお食事券(ポイント)配布が3月末で終了したのですが、まだ1600円分残っていたので期限切れギリギリの4月30日に「熟成焼肉いちばん」を予約しました。

 

 

2月以来の訪問です。

 

 

 

 

 

いちばん高い「和牛+牛タン食べ放題コース」のみで使えるアプリのクーポンがあるので、今回もそのコースを注文。

 
 

一番高いコースなので、メニュー記載のものは全て注文可能です。​

 

 

韓国フェアをやってます。

 
 
厚切りタン全種類とサラダ類を注文。

 
 
和牛類も全種類。
左奥のこれがステーキとは・・・。

 
 
タンを焼いていきます。

 
 
追加タン、すき焼きも来ました。

 
和牛追加、キャベツサラダ、サーモンユッケも。

 
 
韓国フェアメニューのロゼフォンデュソースはオーロラソースにチーズが入ったもの。
チーズを加熱して溶かし、肉に絡めて食べます。

 
 
チーズボール、チーズ芋餅、カルグクス(牛骨出汁うどん)

 
冷麺はもちろんお酢付きでオーダー。

 
 
さっぱり冷麺というのを初めて頼んでみました。
要するに具無の冷麺?

 
 
今回の期間限定アイスはキウイと北海道チーズケーキ。
どちらも美味しかったです。

 
 

 
 
コーヒーミルクプリン(ひとり1品限定)、ワッフル、アイスで締めました。

 

会計は4708円が肉の日クーポンで1242円(1129円+税)引きで3466円になりました。

支払いはPayPayグルメ予約値引クーポン1600円と残り1866円をd払い(dポイント)。

完全タダ活でした。

 

 

PayPayグルメ予約値引クーポンが無くなったのでもう当分来ないと思いますが、ゼンショーHDさん頑張ってください。

 

 

 

ゴールデンウィークに投資オフ会メンバーのうち3名だけのスピンオフ会をしました。

立ち飲みと着席の居酒屋が合体した店です。

 

 

料理は居酒屋も共通で立ち飲み用サイズ。

小さい代わりに単価は安いのでいろいろ注文します。

 

 

 

 

 

 

 

二次会まで行ったあと解散し、一人で自転車で帰宅途中に財布を拾いました。

男物の財布かと思ったら、中に運転免許証と健康保険証などが入っており、持ち主は24歳の女性と判明。

現金は紙幣が6000円と小銭、クレジットカードなども入っています。

 

 

もちろん警察には届けますが、時間はすでに23時半。

ここから派出所は遠いうえに、この時間は無人なので備付の電話で警官を呼び出し、到着を待つことになります。

自然と西城秀樹の歌声が脳内再生されました。

 

 

♪交差点で100円拾ったよ ”今すぐ”これ交番届けよう

 いつだって俺は正直さ 近所でも評判さ♪

 (走れ正直者/西城秀樹)

 

 

 

 

届けるにしても「今すぐ」は無理だ・・・。

この時間から自転車を走らせる気力は無く、近所で評判の正直者でもないので、今日のところは一旦自宅に持ち帰り、翌日あらためて届けることにしました。

 

 

一夜明け、昨夜から頭にあった「持ち主にできるだけ早く届ける方法」を考えました。

免許証の住所から自宅はわかり、二つ隣の区で自転車で20分ほどの距離なので、直接自宅に届けようと思えばできます。

ただ、いきなり訪ねて行って不審者と思われるのも嫌だし、やはり警察は通した方がいいと思いました。

 

 

最寄りの派出所だと警察署の管轄が違うため、おそらくそこから本人の手元に届くのは時間がかかると推測し、持ち主の最寄りの派出所まで届けることにしました。

その派出所から持ち主の家まではすぐ近所です。

 

 

「警官同行でお宅訪問すれば一番早く届けられる」と思い、派出所で「すぐそこなので今からこのまま自宅に届けたらダメですか?」と尋ねたのですが、「派出所に来てもらった以上は拾得物の受付をしなければならないが、もしあなたが別の用事でお急ぎで、謝礼権利の放棄をされるなら、この場で財布の中味の確認だけしてお帰り頂いて結構です。」と言われました。

 

 

金額が少額で元から謝礼をもらうつもりが無かったので、そうさせてもらいました。

拾った時間や場所の確認と財布中身の確認だけ行い、私の氏名などは尋ねられませんでした。

「なるべく早くご本人に届けてあげてください」と言い残し、派出所を後にしました。

 

 

走れ正直者/西城秀樹 - <たそがれ -Twilight->【なつかしの歌謡曲】昭和-平成ヒット・ミュージック

 

 

その後もさくらももこ作詞、織田哲郎作曲のこの歌が頭にこびりついて離れません。

この歌の事を考えたり聴いたりすると必ず思い出すのは、昔見た水玉れっぷう隊のひとりカラオケを題材にしたコント。

 

 

再改名で心機一転「水玉道場」ライブ開催 - お笑いナタリー

 

 

ケンが「リーンリーンランランソーセージ♪」と大声ノリノリで歌ってる部屋に店員のアキがドリンクを届けに入ってくる。

羞恥心で「ハーイハーイ ハムじゃない・・・」と急に小声になるが歌うのはやめないケン。

アキが退室すると「なんてことはぜーんぜん彼女も言ってない♪」とまたノリノリで歌いだし、この流れが繰り返されるという、ロッチの試着室コント(ここまでしつこくない)に似た展開の天丼コントです。

 

 

 

 

多分、その昔に関西で日曜昼にやってた千原兄弟司会の「すんげー!Best10」か何かで見たコントだと思います。

これは漫才やコントなどお笑いネタを観客が選ぶ面白い順にランキングされる真剣勝負の番組で、ライバルよりもウケたいため芸人同士がバチバチだったと聞きます。

現代のM-1のようなライバルに拍手とかの雰囲気は無かったそうです。

 

 

 

 

後に放送が深夜枠に移動し、ネタの内容が過激になったあたりが一番面白かった記憶があります。

私がR1ぐらんぷり、キングオブコントをあまり面白いと思えないのは、この時代に見たお笑いのレベルを超えてこないからだと思います。

 

 

財布を拾った話から、なんかとんでもない方向に脱線してしまいました。

2024年黄金週間の思い出でした。

 

 

 

4月30日(火)17:30時点 資産総額

 

前月末比 -0.1%

年初来(昨年末比)+12.4%

 

 

 

【2023~2024年 月別星取表(前月比プラスが〇)】

 

2023年〇〇〇〇〇〇〇〇●●〇〇  10勝2敗

2024年〇〇〇●  3勝1敗

 

 

【参考指標】

 

日経平均    38,406円(前月比-4.9%、昨年末比+14.8%)

ドル円     156.87円(同    +3.7%)前月比 円安ドル高

S&P500   5,116.17(同  -2.6%)※アメリカ4月29日終値

 

 

 

【総評】

 

日米とも軟調な相場だったため6カ月ぶりのマイナス。

とはいえ前月比-0.1%の微減にとどまったのは、円安ドル高のおかげ。

ドル建て資産と外国株投信の割合が多いため、過去最高だった3月末資産総額のレベルはほぼ変わらず維持できています。

 

 

 

青字は信用クロスです。

 

2198 アイ・ケイ・ケイHD

2695 くら寿司 (400)

6630 ヤーマン

9444 トーシンHD (500)

9279   ギフトHD (100+100

9627 アインHD

 

 

昨年同月実績は以下の通り。

 

 

 

昨年は5銘柄(信用2)でしたが、今年は6銘柄(信用3)でした。

2695の一般在庫が出ていたので信用クロスした分が増えました。

最大で700株保有していた9279は外食業の先行き不透明感のため100株まで減らし、信用で100株追加で200株権利獲得

 

 

 

 

【プレミアム優待倶楽部】

 

 

 

2月 571,810P(22,500P+549,310WILLsCoin)

3月 566,310P(22,500P+543,810WILLsCoin)

4月 540,960P(20,000P+520,960WILLsCoin)

前月比  -25,350P(-2,500P減、-22,850WILLsCoin減)

 

増加  +7,150P(LibWork5,500P+ドリームインキュベーター1,650P到着分をWILLsCoinに交換)

消費  -32,500P(30,000WILLsCoin使用、白銅2,500P失効)

 

 

30,000WILLsCoinをJALポイント6,000Pに交換。

白銅の22,500Pのうち、期限切れにより2,500Pを失効させてしまいました。

 

先日、投資関連のオフ会に誘っていただいたので参加させていただきました。

計7名で初対面の方は2人でした。

 

 

梅田で土曜夜に2時間飲み食べ放題3000円の居酒屋と聞き、正直心配していました。

大学生がコンパをする居酒屋?

ネットの口コミもあまりよろしくなく、「梅田で土曜夜2時間の場所代と思えば・・」と割り切って出かけたのですが、想像より良かったです。

 

 

料理はさほど待たされることなく全部出てきて(当たり前といえばそうですが)、チェーン居酒屋との比較では十分美味しかったです。

 

 

 

 

 

最初の7人での全員会話ではなかなか話も弾みませんが、酒が入り徐々に話の輪が2つ、3つに分かれていくと会話が活性化します。

 

 

投資関連オフとはいえ、私のする話は当ブログでしているような株風味の雑談が中心。

参加者中、上から数えた方が早い立場でありながら、うまく裏回しできずソフト老害となっていた懸念もあり、少し反省。

 

 

一次会で帰られた方以外の4人でファストフードでお茶会をしました。

4人だと全員と話している感があります。

 

 

投資オフ会で何を話せばよいかは永遠のテーマです。