池田大作「人間革命」12終 | 世界文学登攀行

世界文学登攀行

世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。

テーマ:

戸田城聖が主人公である「人間革命」は、その後、山本伸一が主人公となる「新・人間革命」へと引き継がれていくが、「人間革命」は12巻で戸田は逝去し、幕となる。

師である戸田と、愛弟子である伸一の使命の継承、魂の交流は読みごたえがある。
ぐっと胸にくる名シーンがたくさんあった。

僕は現役の創価学会員ではあるが、組織の方針にはなかなか素直に従えない、不良学会員でもある。
「人間革命」は、中学生の時に読破して、その後も人生の折々に幾度となく読んで、自分が生きていく上で大いに影響されてきた重要な書物である。
今回「人間革命」を読みはじめたのは、組織に対する理論武装をするためではない。
自分にとって、信仰とは、師匠とは、生きる意味とはなんなのか、「人間革命」という書物を、自分の奥底にあるものとぶつけることで、明確にしたい、そういう気持ちがあった。

「人間革命」を読んで思ったのは、率直に言うと、戦後間もない日本の社会を舞台にした大昔の話しなのだということだ。
当時と、現代の間には70年近い懸隔がある。
社会のあらゆる分野が進歩している。
宗教が人々の生活に根を下ろすものだと考えると、哲学や思想だけが不変ということはないのだと思う。
それがたとえ、教義の根幹に関わる部分だとしても。

「人間革命」が執筆されたのは、戸田が実際に生きていた時代からかなりの時を経ている。
戸田が牢獄を出て一人立ったのは1945年、会長に就任したのは1951年、そして、1958年に逝去の時を迎える。
「人間革命」が完結したのは1993年だし、全巻かなり手が入っている改訂版が刊行されたのは2012年のことである。
戸田の人生を小説に描くための、現代的な洗練を経てもなお、そのような感想を抱いてしまう。

と、批判めいたことをつらつらと書いているが、その中で、僕の中に強く残った感想がある。
それは、宗教とは志なのだろうということだ。
「同志の多くは、病苦や経済苦など、幾多の苦悩を背負いながら、日々、広宣流布に悪戦苦闘していた。しかし、戸田は、そこに尊い仏子の輝きを見ていたのだ。
 妙法広布に生きるわれらの菩薩道の実践は、そのまま娑婆世界を仏国土に転ずる仏の行となる。そして、それを行ずる同志は、一人ももれなく地涌の菩薩であり、その内証は仏にほかならない――それこそが、七十五万世帯の折伏を成就した戸田城聖の、不動なる大確信であった」(P259ー260)
この信念の元に戸田は、自分の半生を回顧するように語った。
「私は、広宣流布という尊い仕事に、自分の命をかけさせていただいた。どんな人間でも、崇高なる目的に生きることによって、強く、大きな力を得ることができるものだ。
(中略)
私は、この二年間の獄中生活に勝った。己を捨てたからだよ。広宣流布にわが身をなげうつことを決めたから勝ったのだ。そう決めた時から、なんの迷いも、恐れもなかった」(P203)

戸田はこの決意をもって、戦後の焼け野原に一人立つことになった。
そして「1951年5月3日、第二代会長就任の席で、戸田が、彼の生涯の願業として、75万世帯の達成を宣言した時には、会員は、いまだ、実質3000余にすぎなかった。それから、わずか6年と7ヵ月で、見事に彼の大願は成就したのである」(P240)

戸田は、彼が信じた信仰によって、苦悩に沈む人々を救済し、日本に幸福の社会を現出できると真剣に思ったのだろう。
小説の主題にも掲げられていたように、戸田自身の人間革命は、確かに日本の社会に、そこに生きる人々に、大きな変革をもたらすことになった。
そして、戸田の世界広布の使命は、弟子の山本伸一に託された。

今回「人間革命」を読み終わって、創価学会の信仰に抱いていたもやもやに対して、何か明確な結論を得たわけではない。
ただ、自分自身の幸福のみを願う生き方から、他人の幸福をも願う大きな生き方に対して、なにかを感じはじめているし、なにかが育ちはじめた、という実感がある。
ここから弟子の山本伸一の「新・人間革命」がはじまる。
30巻というとんでもなく膨大なシリーズなのだが、読み終わった時に何を思うのか。少し楽しみになってきている。