きたへふ(Cチーム)のブログ

ファミスタとは特に関係ありません。タブレット・スマホをご利用の方は、できればPCモードで御覧ください。

椎間板ヘルニアで入院してみる・その2(後編)

2021年05月16日 | 雑記
【記事作成日:2021/5/16】

 2020年9月下旬に椎間板ヘルニアでひーひー言っていたブログ主ですが、半年が経過し、体の方もほぼ完全復帰となりました。前回からかなり時間が経ってしまいましたが、久しぶりにブログを更新したいと思います。
 ただしブログ主のパワーが無くなってきておりまして、当初予定していた詳細記事は諦めて、ちょっと力尽きた簡易版になってしまいます…。
 今回は入院前後に何が起こったのかについて、思いだし日記がてら記載していきたいと思います。

~前編のその1はこちら~


1. 入院前後の出来事について

★2020年9月27日(日)★
 ブログ主は8月頃から腰痛が酷くなり、足のしびれも伴う状況でした。そして9月の4連休後より急速に症状が悪化して歩くことも困難になったブログ主は、「病名は判らないけど、とにかく即病院に行って、多分入院して治療しなければアカンやろう」という切羽詰まった実感がありました。(;´Д`)
 しかしこの日は日曜日で、どの病院に行けばよいか判りません。そのため#7119に電話して助言を求めたのでした。

 #7119は救急安心センター事業という「急な病気やけがをしたときに、救急車を呼んだほうがいいのか、今すぐ病院に行ったほうがいいのかなど迷った際の相談窓口として、専門家から電話でアドバイスを受けることができる制度です(総務省消防庁の説明PDF)。

 そこに電話をして担当の方に自分の症状等を伝えたところ、

 「それはすぐに救急車を呼んだ方がええわ。こっちから救急車呼んだろか?」とのこと。(←実際はエセ関西弁ではありません)

 そこからバタバタして入院準備をした後、自宅までやってきた救急隊員さんに担架に乗せられて救急車に乗り込みます。しかし自宅マンション前に止まった救急車の中で簡単な問診を受けた後、救急隊員さんがどこの病院に搬送するのかについて詰めていたのですが、コロナの関係でなかなか受け入れ病院が見つからず、結局自宅からは結構離れたところにある、救急の受け入れ設備のある大きな病院に搬送されていったのでした。

 しかしそこで受けた救急措置は痛み止めの座薬を入れてもらった程度で、元手術室のようなところの隔離ベッドで休んだ後、「痛みは治まった? 帰るならタクシー呼ぼうか?」と聞かれます。
 ところがブログ主は相変わらずまともに立ち上がって歩くことも出来ない状態のため、「やっぱりおかしいね。今日は詳細検査ができないから、入院した後、明日詳細検査をしましょう。」ということになりました。

以下、入院中の箇条書きのメモです。

★2020年9月28日(月)★

・朝食後、コロナのLAMP法検査の後、MRI・CT・レントゲンなどの検査を行う。

・その結果、酷い椎間板ヘルニアであることが判明。背骨を通っている神経の束の95%ぐらいができもので潰れていた。
・検査が終わった時点で、左足が全く上がらない状況まで悪化する。

・この病院には脳神経外科の先生がいる曜日が決まっているが、幸いにてこの日は先生が在籍している日だった。その脳神経外科の先生から問診を受けるが、今は肛門に力は入るが、酷くなると便の制御もできなくなり、そこまでくると手術しても戻らない可能性があることが伝えられる。

・幸いにしてその日の午後に先生の予定が空いていたこともあり、即手術をすることは可能との話あり。すぐに手術を受けるかどうかはブログ主の希望次第であったものの、「是非お願いします」と手術を受けることを即決する。(10時台の話)

・手術や輸血の同意書/念書を記入し、バタバタと手続きや身内・会社への連絡等を開始。

・その時点から絶飲食となり、昼飯は抜き。歯だけは磨かせてもらえる。

・手術時間は13~14時頃に開始との連絡あり。慌ただしく関係者に連絡して手術室に入る。

・思っていたより和気あいあいとした空気の手術室内で、簡単な説明を受ける。そして第一段階の麻酔を受けたら意識がすっ飛ぶ。

・夕方以降の時間帯だったと思うが、目が覚めたらICU室で管が何本も繋がってオムツ+院内着の自分がそこにいた状態。手術室からの記憶は全く無く、まさに時間が飛んだ(タイムワープした)感覚だった。

・人工呼吸器の跡と鼻から入ったチューブで喉が痛くて不快で、つばも飲めない。

・その後痰を出してもらった後、喉がからからのため冷たいお水をもらうが、とても美味しい。

・背中のドレーンが当たると痛いので、まっすぐ仰向けの姿勢で寝るのは苦しい状態となる。血抜き袋が1日でいっぱいになる。

・体を横に傾けて寝ると楽になるが、移動時は苦しく、管と服が絡まり、血圧等のアラーム音も鳴るため身動きもままならない状況となる。

・ICUながらスマホは触ってOKだったため、手術が無事に終わった旨の連絡を行う。

・とにかく時間が経つのが遅く、早く朝になって欲しかった。

・顔に擦り傷あり。手術中に擦ってしまったためらしいが意識無し。

★2020年9月29日(火)★

・朝一健診で鼻のチューブは抜いてもらい楽になる。残る管は、背中と小便と点滴用となる。

・ICUで朝食を食べる。久しぶりに胃の中に食べ物が入る。

・手術後のCTやレントゲン検査を行うためにベッドごと移動し、ストレッチャーで医療機器に載せ替えられて撮影。その後ICUに戻る。

・ICUに戻った直後より整形外科に引き継がれ5階の元の病室に移動する。しかし場所は変わって3人列の真ん中になる。

・この日はずっとベッドの上。手術後の痛みを軽減する朝夕飲む薬をもらう。

・嫁に着替え等の荷物を持ってきて&持って帰ってもらう。ただし病院はコロナの関係で面会謝絶となっており、荷物の受け渡しは看護師や事務員さん経由でのやり取りとなる。

・手術後最初のリハビリがあり、担当となった理学療法士さんから説明を受ける。凄く美人で綺麗な理学療法士さんで、ブログ主は超にっこり。ただし左足を上げようと思っても全く上がらず、結構深刻な状況。
 
・夜中3時過ぎに待合室でぎゃーぎゃー文句言ってるBBAがうるさい。痴呆が入っている人らしく、看護師さんも相手をせずに放置中。

★2020年9月30日(水)★

・朝一の回診後に、背中と小便の管を抜いてもらい、かなり楽になる。それまで小便は射精感覚でちょっとずつしか出せない状況であった。

・尿カウントといって、何回・どのくらいの尿がでたのかをチェックするため、少なくとも最初の2回は尿瓶で行うことになる。その日は午後まで尿が出なかったが、その後400+400+400+300ml程度出る。

・代わりに白い腹巻き(コルセット)を常時着用することになる。上を向いて寝ていると、背中の部分が当たって痛い。

・午前中に寝ながらPCをいじって健康保険限度額適用認定証申請書を作成。PDFにしてLINEとネットプリントでセブンイレブンで印刷可能となる。嫁にこの申請書を印刷してもらい、捺印して会社の健保に送ってもらう。

・この日のリハビリで、歩行器を使ってちょっと歩いてみるが、ほんのちょっと歩いただけでふくらはぎの付け根が強烈な筋肉痛となってキツイ状態になる。

・夕食後に入院後初めての大便が出る。自分で体をかがめることが出来ないことから、排便前後に若い看護師さんにおむつを上げ下げしてもらうオムツプレイを実施。

・夜中に背中の痛みがあり、点滴の中に痛み止めの薬を追加してもらう。その後はぐっすり。

★2020年10月1日(木)★

・この日はMRI検査があることの予告を受けていたが具体的な時間は未定。

・朝の回診で、まだ左足の足首上がらず。明日、装具の業者が来るのでそれに参加することになる。費用は自己負担数万円の見込み。

・風呂に入って頭を洗いたいと要望を出したが、シャワーを浴びるにもそれなりの時間座っていられることが前提であり、今日は断念。代わりに蒸しタオルを多目にもらい、体と頭を吹き上げてすっきりする。

・昨日「指輪がなくなった!」と揉めていた隣のじじいが、近くのリハビリ施設に転院したくないとゴネ始めるが、最終的に説得される。

・今日のリハビリでも左足の足首が上がらない状況は変わらず。踵側を踏み込んでスネの筋肉を収縮させる訓練をその後も行う。

・夕方頃から点滴の針の場所が痛くなるが、その後収まる。点滴自体は今夜分で終了予定とのこと。

・夜頃には、コルセットを巻いて上向きに寝ることが辛くなくなる。

・(有料テレビカードをケチって)ガラケーでテレビニュースを久しぶりに見る。窓側に行かないとワンセグの電波が入らない。

・夜は「おーい、おーい」と呼んでるじじいがうるさくて眠れない。

★2020年10月2日(金)★

・昨夜未明に終わった点滴で、手術以来続いていた点滴投入は終了となる。

・シャワーを浴びることが許可され、久しぶりのお湯+洗髪となる。さっぱりして最高にいい気持ちとなる。

・シャワー後に腕に固定してあった点滴用注射針(ベース部分)が取り外される。これで管関係からは完全フリーにある。

・午前中に装具の業者が来ているので、左足用を作ってもらうことになる。この時点のブログ主は左足のつま先の上がらず、無理して歩こうとすると左足首が垂れ下がってしまう状態であった。足首を補強する装具を付けることで、歩行出来るようにするとのこと。

・装具は石膏で自分の脚の型どりを行う完全カスタマイズ品。費用は最大6万円とのことだが、健康保険で7割ぐらい戻ってくるとのこと。

・うるさかった隣のじじいが転院でいなくなるが、その次に入ってきたじじいも痴呆が入っていて、管を抜いてはアラームが発生するイベントが昼夜を問わず発生してイライラする。

・この日初めて離れた棟にあるリハビリルームで初めてリハビリを行う。左足と背骨が辛く、先は長そうであることを実感する。

・この日は午後から夜まで、寝転がってベッド上でテレワークする。入院中に仕事をする必要はないのだが、何かしていないと時間が潰れないのと、いきなり長期休みになって仕事の引き継ぎができていなかった点が心苦しかったので、自分の意志で実施する。

・自販機でお茶買う。食事時に配膳されるお茶はほうじ茶なので、緑茶は自腹。でも美味しい。

★2020年10月3日(土)★

・午前中にリハビリがあり、その帰りに体重を量ったら-15kgとなっていてニンマリする(※オチあり)。

・自分一人での車いす移動が許され、日中のトイレは自分で行うようになる。自分で体を拭き、その後机と荷物の整理を行う。

・同室にいた宍戸錠チックな話し方をするダンディで面白いお爺さんが退院される。

・隣にいる「問題児」ならぬ「問題じじい」が、転落防止のため鍵付きロープでベッドにロックされてしまう。

・腰の痛みはかなり引き、ベッド上での起き上がりや、車いすの乗り降りが楽になる。ただしくしゃみすると相当に痛い状況に変化無し。

・左足は脚自体はそこそこ動くようになり、感覚も強くなってきたが、しびれは残り、つま先が上がらない状況は変わり無し。

・この日はお仕事の一大イベントである顧客システムの移行作業が夜から朝にかけて行われる。本来なら自分がデータセンターで指揮を執らねばならないところを、テレワークで影ながら応援する。

★2020年10月4日(日)★

・日曜日はリハビリ無しの日。その分、自主トレで手すりに掴まりながらのスクワットを行う(それができるくらいに回復)。ただし左足親指にしびれ有り。

・体重を再測定したら-15kgだった体重が-5kgで大ショックを受ける。

・隣の問題じじいはミトン手袋をされるが、それでも脱出しようとする行為が止まらず、孫みたいな年の看護師さん等にキレられて、怒られる。

・その隣の問題じじがようやく転院して静かになったと思ったら、次の爺さんもなかなかのくせ者。大きな声で 「(看護師さん)誰かいませんか?」と問うので、自分を含む両隣が「ナースコールしろ」と突っ込む。

・嫁がソニーのWalkman ZX300を持ってくる。久しぶりに音楽を聴きながらお仕事をする。

・明日採血検査があるため、夕食後から検査が終わるまで絶食となる。

・昨夜から、よその病室(ナースセンター?)から断続的に聞こえてくるキンコンキンコン警報音がうるさくて気になる。

★2020年10月5日(月)★

・朝食前に採血があり、その後すぐに朝食となる。

・リハビリ終わった後で体重の再測定をしたが、やっぱり-5kg。-15kgは体重計の不良であったことが確定しショックを受ける。

・おやつや緑茶/麦茶以外の飲み物が解禁される(先生の許可あり)。これ幸いと速効で車いすを漕いで隣の棟にある売店に行くが、16時閉店のため、すごすごと撤退する。(´・ω・`)

・問題児ならぬ問題じじいばかりだった隣のベッドは、日中空き状態になった上で、夕方以降別の患者が入ってくる。今度は普通の人っぽい感じ。

・今週の昼食/夕食の希望メニュー(2択)のアンケートを提出する。

・夜、自主トレでスクワットとつま先立ちを行う。負荷を掛けたときの左足親指のしびれは軽減されてきた感じあり。

★2020年10月6日(火)★

・この日は9時よりリハビリ。今日から自力でリハビリ室まで移動する。

・リハビリ終わった後で、売店でオレンジジュース・レモン炭酸水・ヨーグルト・ベビースターラーメン(太麺)をGETする。速攻でベッドに戻って飲み食いし、至福のときとなる。

・ベッドに戻ってきたらシーツ交換されていて、綺麗な状態ですっきり気分となる。

・嫁が着替えとコーヒー入り水筒を持ってくる。久しぶりの豆から挽いた珈琲で至福。

・ベッドから動けない隣のおっちゃんが家族と連絡取りたいが手元に携帯がないらしく、こっそり自分の携帯電話を貸してあげる。本来病室内での携帯電話の通話は禁止(休憩室なら可)であるが、ベッドから体が動かせない人が短時間の所要電話をする分については黙認状態。

・午後にCT検査を受けてから2回目のシャワーを浴びる。体中の垢をそぎ落とした感じで、すっきり気分。

・限度額適用申請書が自宅に届く。

★2020年10月7日(水)★

・(高額になりそうな医療費を補填すべく)、保険金請求の手続き方法等を問い合わせを行う。

・昼前にリハビリ。今後院内の移動は(車いすを使わず)歩行器を使うことが基本となる。

・病院先生から話がある。ここの病院には長くいられない(1ヶ月が限度)とのことで、転院or自宅療養を開始する時期を検討し始めることになる。

・自覚に近い転院先候補の病院を調べるが、PC持ち込み不可のため却下。(´・ω・`)

・夜間のトイレも一人で余裕になったので、尿瓶は返却する。

・同じ病室内のメンバー入れ替わりがあり、夕方頃は賑やかになる。その夜、新入り爺さんの医療機器からピーピーアラームが鳴るが、停止処置のできる看護師さんがなかなか来れないため、しばらくの間アラームが鳴り続ける。その爺さんは良識のある方で、「同室の人に迷惑で、いたたまれない」と恐縮しきりだった。

★2020年10月8日(木)★

・朝9時よりリハビリ、その後のシャワーは介護無しで一人で浴びられるようになる。その後、横歩き+スクワットの自主練を行う。

・左足先が上がらないこととしびれが残っていること以外は順調。補装具を使って歩けるようになれば、転院する必要はなく、自宅療養+リハビリ通院でいけるのではないかとの話あり。

・24時間お茶を欲しがる痴呆の入った婆さんがひたすら「お茶下さい」と要求してうるさい。

・先日電話貸した隣の爺さんも、いびきがうるさい。

・アラーム鳴らしお爺さんは今日もアラームを連発。この日はとにかくうるさい。

★2020年10月9日(金)★

・午前中に装具屋さんが来て、病室で左足の装具のチェック。装具装着時、意図的に左足を上げなくてもかなり歩きやすい状態になったことを確認。問題無さそうなので、そのまま買い取り・本稼働となる。お値段55,968円で7割は健康保険から戻ってくる予定。

・午後のリハビリでは装具を付けて階段の上り下り訓練を行う。当面は1段ずつ両足で少しずつ上り下りするしかなく面倒。

・今後の見通しとして、来週中に退院で、リハビリ病院には転院せず直接自宅に戻って療養になるかもとのこと。

・隣の爺さんの摘便(肛門に指を突っ込んで大便を摘出する処置)が行われる。カーテンを挟んでいるものの、臭いが伝わってきてゐや~んな感じ。(´・ω・`)

・その夜、アラーム鳴らし爺さんが、おむつ外に漏らしてしまう大惨事が発生し、連続してゐや~んな感じとなる。(´・ω・`)

★2020年10月10日(土)★

・午前中に昨日入りそびれたシャワーを浴びる。

・今日のリハビリはいつもの担当さん(美人)ではなく、男性の理学療法士が担当。リハビリってやっぱり辛いものなんだと感じる。

・隣の爺さんもベッド上でリハビリとなるが、固くなった体が動かず、藤子不二雄マンガのような「ギニヤー」という悲鳴を上げる。

★2020年10月11日(日)★

・朝のプラカップ入りお茶を粗相してひっくり返してしまう。

・嫁が午前中に着替えとコーヒーを持ってきてくれる。装具+歩行器で売店までおやつを買いに行った後、まったりコーヒータイムとなる。

・自主トレの背伸び、スクワット、横歩きを行う。

・隣の爺さんがマウスウォッシュを介護士さんに所望するが在庫無し。横耳で聞いていた自分が持っていたジジババ向けモンダミン(使いかけ)をあげたら喜ばれる。こちらも処分したかったのでwin-winの状態。

・明日採血と脳神経外科の受診ありとの連絡あり。

★2020年10月12日(月)★

・朝、食事前に採血がある。

・手術後にもらった、傷の治りをよくする薬2週間分を飲みきる。もう半月以上入院しているのか…という実感がある。

・午前中に手術を行った脳神経外科の先生の診断あり、続けて整形外科の先生との会話がある。その場で退院日が明後日の昼になったことがいきなり決まる。リハビリについては同じ病院でリハビリを続けることになる。

・若い整形外科の先生の院内事例発表に向けた患者ヒアリングがある。

・午後にリハビリがあり、今日以降は松葉杖を使った生活に移行する。松葉杖は病院からのレンタル品で、借りる際に預かり金1万円が必要となる。

・この日の気温は高く、夜になっても病室の温度は27℃とうすら暑い状況となる。600mlの麦茶をがぶ飲みする。

★2020年10月13日(火)★

・この日は実質的な入院最終日。週一のシーツ一斉交換日だが、「明日退院するので自分の分は交換しなくていいよ」と言ったところ、担当のおばちゃんニコニコ。

・午後一に退院前最後のリハビリがある。松葉杖を使って階段の上り下り訓練などをする。

・明日の退院に先がけて、嫁に持ち帰れる分の荷物を持って帰ってもらう。

・16時過ぎに最後のシャワーを浴びる。

・雨の日に傘を差して自転車を運転して転倒して入院したという新入りの爺さんが、病室の中でも遠慮無く、どうでもいい内容の長電話を大声でしててイライラする。元病院関係者(学校の先生?)だったのか、看護師さんらが度々挨拶に来る。

・隣の爺さんが身内に連絡したいが携帯がないため困っていた模様。再度携帯を貸そうかと思ったが、看護師さん経由の正規ルートで話をした模様。

・入院時に持っていたステッキが見当たらないので看護師さんに確認したところ、預かってはいないとのこと。確認したら身内が手術時に家に持って帰ったことが判り一段落。

・この日の夜の気温は下がり、退院前日になって体調がなんとなく悪くなってしまう。(´・ω・`)

★2020年10月14日(水)★

・朝6時前の自転車転倒おじさんのベッド内大声電話で目が覚める。内容的に大したことない世間話をしててむかつく。

・朝食後、隣の爺さんが一足先に透析のためにベッドごと移動になる。その際に「いろいろとありがとう」と感謝され、こちらもお別れの挨拶をする。

・歯を磨いた後、病院に来たときと同じ服+ズボンに着替える。病院着以外の服を着るのは半月ぶり。

・荷物を片付けて退院の準備を行う。荷物になるので入院時にもらった箱ティッシュやカップは置いて帰る(処分してもらう)。

・薬剤師さんが預かっていた薬と定常的に飲んでいた薬を渡しに来る。

・事務の人が来て退院手続きの流れを書いたファイルをもらう。中には病院側で記入するチェックシートあり。入院の同意書を今頃になってサインする。

・退院窓口で支払いを行う。待機中に嫁と合流。松葉杖の保証金1万円を含めて全部で36万円程度になる。この際、救急で運ばれたときに支払った約6000円の返金がある。また3ヶ月以内に他の病院に転院するときに必要になる書類をもらう。

・支払後、再度入院していた病棟に戻る。その際、退院挨拶をしたかった美人理学療法士さんと偶然会って挨拶する。

・最後にナースによる身体チェック(点滴針等が残っていないか)し、バーコード付き腕輪を切ってもらう。

・当初は駅まで歩いて電車で帰るつもりでいたが、腰痛がぶり返したこともあり、病院から自宅まではタクシーで帰る。

・帰宅後に、長いこと顔を見ることも出来なかった娘と久しぶりに再会。再会後は恥ずかしそうにしていたが、その後バランスボールのぽよんぽよん遊びでキャッキャ言って喜んでくれる。(´∀`)

・自宅の風呂で久しぶりに(シャワーではなく)湯船に浸かる。至福のひととき。

・昼食後に昼寝をし、夜は近くのファミレスでご飯となる。入院中に食べられなかった麺類が食べたくて、この日はパスタを注文するが、少ない病院食になれてしまったのか、以前なら全然足りなかったボリュームなのにお腹いっぱいになってしまう。

・この自宅~ファミレス間の数百mの移動は松葉杖を使っての徒歩移動となるが、ベビーカーを押している嫁において行かれるぐらい、ゆっくりとしか進めない状況。足のふらつきは気にならないが、ずっとまっすぐ立っていると背中の痛みがある。


2. 退院後の出来事について(自宅療養~復帰)

・10/15(木) … 近くのドラッグストアに買い物について行くが、松葉杖で歩くのに精一杯で荷物は持てない状況。

・10/16(金)…退院したらすぐに行きたかった理髪店に行く。散髪してもらってすっきり。帰りにスーパーでちょっぴり買い物をする。1.3kg程度の荷物なら持てることは確認。

・10/17(土)… この日から別の整形外科でリハビリを開始。麻痺やしびれの残る左足と腰に電気を流す治療を受けるが、この治療を開始して以降、目に見えて症状の改善が進む。

・10/20(火)…退院後初の手術をした病院でのリハビリを実施。一人移動は結構なアドヴェンチャーとなる。

・10/21(水)…大げさな松葉杖は使わずに、ステッキがあれば歩けるようになったこともあり、退院後初めて原付スクーターに試しに乗ってみる。左足一本で立つ状況を作らなければ、大丈夫なことを確認。これで行動範囲が広くなる。

・10/23(金)…最近少しずつながらも左足のつま先が少し上がってきた感じがある。

・10/27(火)…手術をした病院での2回目のリハビリ。回復振りに驚かれる。この状態だとリハビリは11月終了でよいかも?という話も出てくる。この日以降、外出時は装具は付けずに歩くことが多くなる。

・11/2(月)…まだ数センチしか上がらないが、以前と比べて左足先が明らかに上がるようになる。左足のしびれは、ヒザから下に極うっすらと、左親指にちょっと残るがもう少しで全快しそうな感じがある。立っている時間が長くなると腰(背骨)が痛くなる症状は続くが、横になると改善される。

・11/9(月)…退院後1ヶ月の健診があるが、順調に回復中。

・11/16(月)…娘の検診のため、レンタカーを借りて片道50分ほどの区間を運転する。ちょっと苦しいところもあるが、運転は案外大丈夫だった。行く際に娘が乗り物酔いでゲロ吐いて服を汚してしまい、子ども病院からお下がりの子供服を借りる。

・11/18(水)…娘が借りていた子供服を返却するために、大型バイクSV650に乗って病院に向かう。左足のギア操作はなんとなくぎこちないものの、運転は問題なし。左足の障害が残った場合、跨がってギア操作するタイプのバイクはもう乗れないかもしれないかもしれないと覚悟していたので、再びバイクに乗れるようになって嬉しい。

・11月下旬(日付忘れた)…病院の先生からは12月より自宅勤務での仕事再開が許可される。ただし会社の産業医の判断により、復職は1週間ほど遅れて12/8(火)からとなる。

・12月よりスポーツセンターでの筋トレを開始。足の筋トレをするようになって体のバランスがよくなり、回復が一層進む。

・12/8よりテレワークでの仕事再開となるが、体がキツくなったらベッドでごろりとするなど、休み休みで少しずつの仕事再開となる。

・12/14(月)…回復が順調のため、理学療法士さんとのリハビリはこれで終了。借りていた(ここ最近使っていなかった)松葉杖を病院に返却する。

・12/28(月)…手術後2ヶ月後の健診で問題なし。この頃にはステッキすら使わなくなる。

・2021年1月12日(火)…会社の産業医面談があり、残業禁止の就業制限が1月末でなくなることが確定する。給料の半分が残業代のブログ主にとって、残業できないことは生活が出来ないことなので、ようやく一安心。

・2021年2月初頭…この頃にはスポーツセンターでの筋トレの重量は、病気になる前と変わらない状態となり、筋力的には完全に回復する。ただしランニング系はちょっと難しく(ダッシュ系が厳しい)、左足のしびれは少々残る。

・3/22(月)…手術後半年の検診を受けるが問題なし。次の健診は半年後の9月にCT/MRIの検査となる。

・2021年4月…スポーツセンターでのランニング開始。左足にうっすらしびれが残るものの、実質的に完全復帰。

・・・このようにして、半年がかりでなんとか復活を果たしたのでありました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 椎間板ヘルニアで入院してみ... | トップ | あれから10年 »

コメントを投稿

雑記」カテゴリの最新記事