久しぶりにビリヤードネタです
先日、常連さんと話した事が大事な事に思えて、書く事にしました
常連さんの質問は、ギャンブルをしないと上手く慣れないのか?という内容でした。
僕の答えは、直接的な因果関係としてはNO!です。
しかし、ギャンブルをしてきた人がトップ選手の大半を占めているのは事実です。
では、その訳に付いて私なりに分析した内容を説明していきたいと思います。
一つの考え方としては、時代です。
私の時代くらいまでは、上手い人はみんな賭けてやっていたので、上級者と突きたいと思う人は、必然的にギャンブルをするようになったのです。
向上心のある若者たちはそんな環境の中で、ライバル同士もギャンブルを自然とするようになり、コミュニティみたいなものができます。
そうすると、上手くなって行く人はみなギャンブルをしているので、しないと上手くならないみたいな風潮が出来ます。
そこには、お店の思惑(コミュニティに属させる為に洗脳させる)や上級者の私欲(稼げるカモがほしい)なども複雑に絡み合います。
つまり、ギャンブルをしたら上手くなるのではなく、上手くなる人はギャンブルをしていた時代だということです。当然のことながら、ギャンブルをしていても上手くならない人もたくさん居ました。(←ここ大事!)
もう一つの考え方は、情熱です。
上手くなる人は、情熱があり負けず嫌いな人も多いです。
そう言った人は、自分の持っているエネルギー(お金や時間・労力)の大半をビリヤードに注ぎ込む事をおしいとは思いませんし、そんなに特別な事と感じていないのです。
そういった人達は本来ギャンブルをしなくとも上手くなっているんじゃないかと思いますが、上手くなる資質(情熱)を持っている人は、躊躇なくギャンブルをしていたので、これがギャンブルをしないと上手く慣れないように見えた理由の2つ目です。
こちらも同様に、情熱が無くともギャンブルをしていた人も居るので、ギャンブルをしていても上手くならない人がいたという事もつじつまが合います。
さて、現代のビリヤードにおいては、ギャンブルをしないと上手く慣れないみたいな風潮はだいぶ無くなってきましたし、同時に賭けビリヤードも少なくなてきました。
そういったクリーンな環境の中からも上手になっていく人はたくさんいます。
つまり、ギャンブルが上手くなる為の絶対条件ではないという事です。(この点については、長くなるので、またの機会に改めてアップします。)
すごく良い傾向だと思います。
ビリヤードはスポーツコミュニティで、人と人がビリヤードを通じて仲良くなり、お店やクラブを通じて近い価値観の人たちのコミュニティが形成される事が魅力だと思っています。
そのコミュニティを維持する為に、一定のマナーやモラルが存在すると思います。
実は、ここに関しては残念ながらクリーン化と共に崩れて行っているように思えてなりません
因果関係があるかどうかは別かもしれませんが、クリーンになるという事や自由になるという事と、ノーマナーを混同している人が多くなってきているように思います。
具体的には、プレー中のスマホいじりです。
現代社会において急用や仕事もあるでしょうから、通知音が鳴り、メールにチェック入れる程度は問題ないでしょうが、相手のプレーを一切見ずに、自分の順番が来てもいじっている人は論外だと思います。
私もいじる場合がありますが、もし急用で返信しないといけない場合は相手に「すみません、メール一本打たせてください。」と言います。それがマナーではないでしょうか?その方が自分も落ち着いてプレーできるはずです。人数突きの場合は、「すみません、メール打ちたいので、このマス終わったら2マスほど抜けさせて下さい。」って言えば良いと思います。
出来れば、そういった可能性が最初からあるとわかっていれば、プレーが始まる前に、「メールしないといけないかもしれないので、途中で少し抜けさせてもらうかもしれませんが、いいですか?」と確認するのがベストでしょう
ギャンブルにおいて、そんな事をしていたらやられる一方だし、負ける奴はお金を払うだけだから、相手はよほど気分を害しない限りはカモだと割り切って相手をしてくれるでしょうし、実際そんな奴はほとんど存在しませんでした。
これが、ギャンブルとマナーの微妙な関係です。
ダーティーとされるギャンブルの世界の方がマナーよくプレーされ、クリーンな環境になるほどマナーが悪くなっているなんて、おかしなものですよね