2.「Yesterday Once More !」 「白い家の男 2 | 「時代と断層」 雁金敏彦

「時代と断層」 雁金敏彦

 時代の変遷によって変わり得る物と変わり得ないもの・・・社会システム論的な視点から歴史を追いかけて、今日も資料の山を掘りかえして東奔西走。
 史学を主体とした社会進化論。社会構造論。政策科学等の視点が主です。
 2012年から始めてみました。

● 「勝者の裏側で」

バイデンが勝つという意味よりもむしろ、トランプが負けるという「意味」に深刻性がある。

今必要なのは、バイデンが勝つという政治的な力学変動や経済政策側面の分析ではなく、トランプが敗北した場合に起こる混乱の影響分析がより重要であり、トランプ敗北の場合にひきおこされる混乱と状況の不安定要因とそのリスクは、おそらく社会に甚大な影響を及ぼすだろうという面でより深刻だ。

トランプ大統領自身が旧来から述べてきた様に、彼は郵便による期日前投票を含めて、「敵対勢力」がしかけるだろう「選挙結果の不正」を早くから公言している。

多分に陰謀論的な前提において、トランプ氏自信が「(私の)敗北は米国の「法と秩序による支配」が死と同義だ」とのべる。破天荒でモラルハザードで誇大妄想家である彼が、自身とアメリカとを同一視させるおこがましい姿は、しばしばメディアの嘲笑の的ではあるが、そこに見える深刻な面は、やはりトランプ大統領が「負けた場合に選挙結果を認めない」前提の形成に躍起になっている面にある。

トランプ陣営は世論調査統計上は先月末ごろから激しい巻き返しをかけており、各地で接戦が言われている。彼は既に自身の勝利を公言しており、明確に「勝利宣言」するという軌道上にいる。

詰まるところ、彼は現状で大敗がない限り、明確に結果の出ない段階で「勝利宣言」を行う公算が強い。つまり自身で勝手に勝ちなのりを上げ、独断で勝ちを決めるのだ。しかし、現実は彼に追いつかない。期日前投票の開票結果は大方の予測する様に実際のバイデン勝利を明示する可能性が高いからだ。

負けているのに勝ったと宣言する「裸の王様」。グリム童話の世界なら逸話として滑稽かもしれないが、それは現実であり、まして世界最大の覇権国米国で起きるとなれば悪夢以外の何ものでもない。

こうなった場合に、トランプ勝利の選勝集会もしくは、トランプ否認の抗議集会、警備当局がコントロール可能な範囲で、いつもどうり収束する規模ではそれは起きないし、米国内の混乱を加熱させ長引かせたい勢力は国内外に多数ある。


● 「突破口の不在」

しかし、そこまでの事態にエスカレートさせる可能性をうむ危険要素は、もともと米国内に存在する深刻な社会矛盾であり、利害の対立構造である。「守ろうとするもの」が相互に違い、分断の根本には相手が守ろうとするものを守れば、こちらが危ういという危機感に起因している。

例えば、古き良きアメリカの価値観と法と秩序による支配への傾斜は、それを脅かす価値・・・新入異文化・異習慣の人々にとって開かれた多様価値というグメーバルな前提によって無残に破壊され、非共同体的で個別主義者的な価値観が台頭する中ですりつぶされ、旧来の古き良きアメリカ社会はこのままでは没落し消滅するという死活的な危機感へとつながる。

さらにパンデミックと経済状況の悪化によってもたらされる待ったなしの社会不安によって、攻撃性をより強く帯びた対立へと進むのは必然である。

結果、そのどちらが勝とうとも、それはその反対勢力を強く刺激する。中でも米国内の政治もしくは宗教における右派過激派は、明確に武装勢力であり、これらが暴発し、中でも中部南西部の大都市で深刻なレベルの死傷者が出ることも予測される。そうした騒乱が起きた場合、流通経済が麻痺し、食糧供給なども滞り、多方面の混乱やさらなる感染拡大が医療制度を崩壊され、混乱は深刻さをます。

市街戦が起こる様な内戦に近いレベルまで報復と対立の連鎖が進めば、トランプ陣営の当確宣言の「既成事実化」の歯止めは効きにくくなる。

ここまでくれば確実に「大統領」はこれを鎮圧する名目で非常事態を宣言し、軍隊を動員する。自身の勝利を絶対化するために法廷審理に持ち込む公算が大きい。それはもはや公正な選挙結果たりえない。

となれば、元トランプ「大統領」を「絶対に認めない」とするシステム側内部各所で、ボイコットやサボタージュが確実に起き、米国社会システムは事実上麻痺し大混乱に陥る。議会と政府の対立はこれまで以上に深刻化するだろう。下院による大統領選出の流れも起こる。メディアは徹底的な「元トランプ大統領」と「新バイデン大統領」の論調で混乱を煽ることとなる。

この様な米国政治中枢を含めた政治空白と混乱麻痺状態は、米国の内政レベルの大混乱や経済的安定性の失速と雇用の喪失に加えて、それを担保する前提となる治安・外交・軍事上の組織的大規模な戦略面での意思決定の空白を生み出す。

世界規模で大きな軍事・外交分野での力学上の抑止力が減衰する。

中でも既存秩序に不満なロシアの再膨張とそれを脅威とするNATO加入国の対立、利害が複雑化しステージを変化させつつある中東の広い範囲の混乱、なにより再燃する可能性を持ち続ける朝鮮半島、東シナ海周辺等において、中国が見せている既存覇権に対する挑戦的姿勢。

米国が元来に持ち続けてきたモンロー主義傾向に加えて、国内の政治的空白と大きな混乱が巻き起こるであろう流れは、米国の外交・軍事分野でのシナリオの選択肢を確実に狭めるだろうし、選択肢の減少は米国サイドのプレゼンスそのものの確立を根本的に困難にさせる。

米国覇権に対して局地的にリスクを冒してでも復権を試みようとするであろう国や地域は多く、大きく世界規模での線引きを変更したがっているロシアや中国の様な大国にとってはまたとない好機だろう。

世界最大の覇権大国である米国の混乱は世界に波及する。

しかし冷静に見れば、むしろトランプが勝利した場合、その後の米国内外の混迷は続くとしても、米国政治制度上のシステムの混乱のインパクトは時間経過とともに弱まり年内には大きな混乱は収束するだろう。

前回の大統領選の結果以降の混乱程度の小規模の局地的騒乱状態と同程度のものの延長線上に、経済悪化と感染拡大が重なる程度・・・大変深刻だが国が内乱になるというレベルには中長期的には考えにくい。

秩序についての規律意識から見ても、両陣営世論のどちらが「本当に負けたことが明確な場合」に、素直に負けを認めることができるかで分析した場合に、確実にトランプサイドの方が「結果に従わない」が故に、混乱は収束が難しく、長引くことになるだろう。

繰り返すが、問題はトランプが負けた場合にある。


雁金俊彦 情報技研