1.「勝者なき戦い」 「白い家の男 1」 | 「時代と断層」 雁金敏彦

「時代と断層」 雁金敏彦

 時代の変遷によって変わり得る物と変わり得ないもの・・・社会システム論的な視点から歴史を追いかけて、今日も資料の山を掘りかえして東奔西走。
 史学を主体とした社会進化論。社会構造論。政策科学等の視点が主です。
 2012年から始めてみました。

● 「引き裂かれる星条旗」

米国大統領選が巻き起こす混乱について、米国国内都市部の警察組織の多くが厳戒態勢に入っている。選挙結果としてどちらが勝とうが、敗れた側の支持者による反対集会が必ず開かれる。それが「勝者側」を刺激し市民同士の衝突から騒乱状態に突入する。そして、その前哨戦というべき衝突は既に起き、死傷者も出ている。

現実に既に8月ごろから米国国内では市民デモ同士またはデモとその反対者による衝突や関連した事件が多数起きている。

これを指して、史上最悪の大統領「トランプ」が米社会内での「分断」を煽り、彼がそれを巻き起こしているのだとトランプ政権に元来に批判的な米国有力紙はこぞって述べる。しかし、その「分断」とは本当に一人の多分に独りよがりの煽動的人物が巻き起こし得るのか・・・そんな単純で生易しい物ではないことは、米国メディアの自身がもっともよく熟知している。トランプはアメリカの構造的な社会矛盾の「結果」に過ぎないからだ。

今世紀に入って明確に顕在化している米国の構造的に固定された社会矛盾は深刻なレベルである。富は一部に集まり、社会に循環し拡散する傾向は見せず、ますますそれを固定化している。時代のバスに乗り遅れた人々が多数を占め、そしてもうバスが来る気配はない。

トランプ以前から「バスが来ない明日」は、多くの米国市民にとって固定化され深刻度を増した現実だった。その矛盾が生み出す米国市民の不安と社会憎悪は、トランプを攻撃するメディアを含めた「バスに乗った」体制側、つまり、二大政党の職業政治家や既得権益化した制度側という既存構造側からでは、改善できないものであった。既存構造側の生存構造そのものが矛盾の源泉であり、既存構造の存続を担保するのが矛盾を生み出す構造だからであった。

グローバル経済とそれをむしろ拡大し続ける技術体系の飛躍的革新は、バスに乗るものと乗らないものの断絶を拡大し、今この瞬間にトランプとバイデンを声高に指示する米国市民の多くはどちらも「乗り遅れた側」に位置している。トランプは乗り遅れた人々の片側のグループの不安を代弁し煽っているに過ぎない。

トランプ氏は分断を加速しているが、分断そのものが問題なのではなく、分断を促進している社会構造の矛盾こそが、問題の本質なのである。

その意味でトランプ批判は滑稽であり、的を外している。現実には確かに、現大統領の言動は一貫せず、政治的正統性を欠き、確実に「常軌を逸している」としても、そのトランプは「彼流のロジック」という独演場で、その矛盾にNoをつけつけているにずきない。つまり、トランプ大統領は矛盾が生み出した結果であり、決して原因ではない。

そして、今回。多くの予測ではその空前絶後の大統領はおそらく敗北するだろうと述べる論調が主流だ。

世に出ている大統領選の予測分析として、バイデン勝利の分析論文の多くが「バイデンの内的傾向と現在のアメリカの政治システムは、米国内外について劇的な改善や変化をもたらさず、中短期的に世界に与えるインパクトは小さい」と述べるものが多数を占めている。

故に、米国大統領選がどちらに転ぼうが、「いま」とさしたる変化はない。バイデンが勝ち、米国内外政はリベラルサイドに少し巻き戻る程度で、世の中はさして変わらない多くの原稿が異口同音にそう述べる。

それは果たしてそうか?。

● 「混乱。そして混乱。」

2020年10月31日に米国の一日の新規感染者数は9万9321人。これは今回のCOVID19パンデミックにおける一日あたりのワーストレコードである。欧州の流行も拡大の一途を辿る。そして経済統計。世界規模で経済指標はマイナスに振れており、米国の最新統計も企業業績などもまた大幅に悪化している。

過去最悪のタイミングで米国大統領選が行われる。米国社会の大衆の不安心理も劇的に増大し、新規銃器購入数は過去最高に達しようとしている。

「南北戦争」並みの国論の対立が起きている大統領選に突入したのだという現実は、本来解離するはずもなかった米国の基幹的社会価値観の分裂・・・つまり、米国市民の自立自尊を謳う「自由主義的価値観」と、多民族国家の前提として共生を担保する「合理主義的価値観」の分裂を作り出す。

大統領選における両サイドの支持者は、自陣営が勝たなければ「アメリカの未来はない」と感じている。トランプが敗れれば「自由主義的価値観」は死ぬ。バイデンが敗れれば「合理主義的価値観」潰える。故に、どちらが勝とうが負けた側にとっての選挙結果は絶望であり受け入れがたい。その深刻性が米国警察当局の警戒態勢強化へとつながる。

警官達はそうして銃をつかむ。

雁金俊彦 情報技研