開幕戦にして究極の女王決定第2戦、決着戦の開始を告げるゴングが鳴り響く。
マリアはいつも通り軽快なステップを踏み、打撃重視の構え、ボクシングスタイルだ。
そして女王ヴィクトルは膝を軽く曲げ腰を落とし、両手は力を抜き顔の前へ配置されいつでも捕まえにいく準備は万端だ。
2週間前に見せた構えではない。
「拳法じゃないのね?」
向かい合うヴィクトルとマリア。
「おまえを相手に奇策が2度通用するとは思えないのでな。技として使う事はあるだろうが、今日は長年付き添ってきたこいつで行く事にするよ」
「そう。それでこそヴィヴィよ。そっちのほうがアナタらしいし、何より怖いわ。じゃ、いくわよ」
2週間前の試合、マリアはヴィクトルの拳法に虚を突かれたが、実際タップしたのはやはりヴィクトルの原点でありヴィクトルをヴィクトルたらしめる関節技だ。
だから嬉しい。だからワクワクする。だから背筋に汗が流れるほど怖い。
ヴィクトルの拳法は超一流だが、それでも10年以上続けてきた関節技を主体としたサンボに比べれば、やはり見劣りしてしまう。
ヴィクトルに勝つという事は、その関節技を主体の攻撃を破ってこそ、大きな意味がある。
拳法家ヴィクトルは強敵だ。それは認めざるおえない。
けど例えどんな犠牲を払ってでも勝ちたいのはサンボ使いヴィクトルだ。
そのヴィクトルに向かい、マリアは真っ直ぐにダッシュ。
一気にその距離が縮まり、互いの間合いに入る。
マリアの右フックがヴィクトルを強襲するが、それを綺麗に避けるとそのマリアの戻り際の右腕を掴もうとするが、ヴィクトルの頭の中で危険を告げる警報が激しく鳴り響く。
目の前にはマリアの左フックが、もう強襲していたのだ。
が、それも避ける。
しかしマリアは止まらない。
左の次は右。右の次は左と、息もつけぬ怒涛の連打。
オオオオオオオオ!!
そのマリアの連打に会場が一気にヒートアップする。
速くて重い。
連打の一撃一撃全てがヴィクトルをしとめるに十分な威力だ。
さすがのヴィクトルも避ける事が不可能になってくる。
ガードを固め、痛恨の一撃を貰わないように、顔、腹、足、その他急所となる全てに気を使わなくてはならない。
今は耐えろ。こんな連撃いつまでも続くわけがない。
10秒、20秒・・・
ヴィクトルの予想をこえ、マリアは止まらない。
マリアのあまりの回転の速さに、ヴィクトルを撃つ音がずれて聞こえ始める。
こいつ、まさか、このまま私を仕留めるつもりか・・・
マリアの連撃はますます速く重く。
ついに1分を越える。
「あんな連打、人間に可能なのかよ・・・」
「それもそうだけど、ロシアの子、あれだけメッタ撃ちされて立ってんぞ・・・尋常じゃねーって・・・」
ヴィクトルの耳に今まで聞こえなかった観客の声が聞こえた。その瞬間、背中に異物を感じる。
しまった・・・
闘技場としては異例な広さを誇るコロッセオ。
その中央で相対したはずなのに、マリアの尋常ならざる連撃により、いつの間にかコロッセオの壁際まで追い詰められていた。
その瞬間、放たれるマリアの左ストレート。
2週間前、ヴィクトルを瀕死にまで追い込んだ聖剣エクスカリバー。
これほどの連撃の後に放つ事ができるのか!?
「マリアッ!!」
右にも左にも、もう避ける事は間に合わず。
ヴィクトルの頭上でコロッセオの壁が爆発ような音をたて崩れ落ちた。
「マジかよ!!」
「この壁コンクリだぞ!」
観客の声が聞こえる。ということは生きている。ヴィクトルはしゃがんでいた。
けしてマリアの攻撃を避けるという意味でしゃがんだのではない。
恐怖。マリアの魅せる猛攻に恐怖し、恐怖に負けた体が自然ととった反応なだけだ。
情けないとは思わない。
むしろ恐怖を感知しそれに瞬時に反応した自分の臆病さに感謝する。
だからこそ、今まで一度も攻撃していないヴィクトルにチャンスが生まれた。
1分を越える連打。その猛攻の後のエクスカリバー。そして吹き飛んだコロッセオの壁。
それら全てがマリアの負荷となり、左腕の戻りが常人には気付く事のできないレベルで遅れてしまう。
その瞬間をヴィクトルは見逃さない。
恐怖はもう消えている。
マリアの左腕を掴むと、その瞬間マリアは爪先立ちになり背筋が伸び苦痛の表情を上げている。


「な、何してるの!?なんでマリアあんなに苦しそうなの?ヴィヴィがマリアの手を握ってるようにしか見えないんだけど!?」
選手専用観覧席で歩が驚愕の声をあげた。
マリアが痛みを感じている意味がわからない。
「あれがサンボの怖いとこや。ヴィヴィの本気や。体掴まれたら大抵の状況で関節決められてまう」
「桜子はあの技どうなってるかわかるの?」
歩と同じく、その理屈がわかっていないセシリアが問う。
「歩ちょっと立ってみ」
歩が桜子の言葉に従い立つと、桜子と歩が対面する形になる。
「あれはな、こうやって指を固めてんねん」
桜子が歩の手首を取ると、その歩の掌が自分に見えるように、そして指先が下に向くように捻る。
「キャアアア!痛い痛い痛い。さっちゃんストップストップ」
悲鳴をあげる歩は、くしくもマリアと同じく背筋を伸ばし、なおそれでも痛みに耐えきれず爪先立ちになってしまっている。
指も痛いがそれ以上に前腕の筋が痛い。
桜子が技を解くとその瞬間に痛みは消える。
「ふう・・・痛かったぁ・・・」
歩が痛がっているのを見て、桜子が微笑む。
「あれをやられるとな、人間はどうしてもマリアや歩のようにあの姿勢になってそれ以上の動きができへん、らしい。決め技にはならんかも知れんけど、技かけてる間は自分は休めるし、反撃前には相手びびらせるには最高の選択だと思うで、さすがヴィヴィや」
歩が真剣に桜子を見る。
「今できたってことは、さっちゃんもできるってことだよね。次の試合気をつけなくちゃ・・・」
「使えへんよ。指だけで相手止められるなんて正直信じられへん。長年あの技と付き合ってあの技を信頼してるヴィヴィならではの技や。なにより私がやっても完成度が違う。そんな昨日今日覚えた不完全な技がアンタに通じるとは思えへん」
「不完全て言ったら私やセシリーなんて全部不完全なんだけど・・・」
歩がしょぼんと。
「あはは。アンタやセシリーの不完全は完全を遥かに凌駕してる不完全や。それが歩とセシリーの強さやん。コテコテに固まった私らでは考えられない攻撃がくるかもしれへん。そう思うと一番やっかいな相手や。しかも打撃の威力はマリアに匹敵する。怖くてしゃーないわ」
桜子が視線を歩から、マリアとヴィクトルに映す。
見るとヴィクトルは削られた体力が回復したのか、技を解き、二人は今一度視線を絡め対峙していた。
その圧倒的緊張感に観客のヒートアップは留まることを知らず、広いコロッセオを支配していた。


つづく。