赤道直下の南極は、その日、暑かった。
そして、その場所はさらに熱くなっている。
今年の順位決定戦に用意された舞台はコロッセオ。
古代ローマの円形闘技場のレプリカである。
その円形闘技場には、訓練校の職員や教官だけではなく、多くの格闘技情報メディアの取材陣、そして多くの一般の観客で溢れていた。
「おおお。こんなにお客さん入るんだ・・・すごいな・・・なんでこれで不人気とか言われてんの?」
その観客の多さに歩が当然である疑問を口にする。
「いや、これは奇跡やで。だって生徒居なくて開催されない年の方が多いくらいやからな」
桜子が例年の事情を説明する。
「原因はこれですね」
セシリアが携帯端末を操作し、武闘訓練校のHPを開いた。
歩は眼を疑った。
カウンターの数字がとんでもなく伸びているのである。
その原因の正体は動画。
2週間前のマリアVSヴィクトルの試合がアップされているのである。
その動画に数々のコメントが寄せられていた。


金髪の方ちょーかわいい
いや銀髪に1票
おいおい、なんだこの試合?映画?
旋風脚てマジすか
金髪あの一瞬でフェンスの上てwww
特撮だろ
どうも本物くさい、加工した形跡がない、あ俺そういうエンジニア
人がフェンスにめり込んでます
人が飛んだ
特撮決定
だいたい武闘訓練校って、昔なくなったって話
いやまだある
だからその負の遺産の宣伝用動画だろ
・・・この人たち本当にいます。あ、私今年の南極訓練校の生徒です。あったことあります・・・この人たち本当にすごいです
マジかよ
寸剄キタ━(゜∀゜)━!
寸剄寸剄
銀髪つえー
いや威力としては金髪のパンチ
本物ならな


と、数多くのコメントがかかれている。
そして今日、どこで開幕戦の情報を聞きつけたのか、この観客である。
開幕戦がその動画と同じマリアVSヴィクトルだということを知っている観客は異様な熱気である。
その真意を確かめてやろうと、わざわざ南極にまで来たのである。
疑いと期待と、さまざまな視線が闘技場に注がれていた。


「本日は4998年度順位決定戦にお集まりいただきありがとうございます。これより順位決定戦を開始します。それでは選手入場」
選手入場口に強烈なライトが照らされた。心を高揚させる激しい曲が流れだす。
「うわ、なにこれ!こんなエンタテイメント性強いの!?」
入場口裏で激しい曲に耳を塞いでいる。
「ここは不遇の時代が長かった、てか不遇の時代しかなかったからな。今回は注目されとるからここで一気に人気かっさらいたいんやろ。ま、協力してやろや」
桜子が円形闘技場を見つめながらそう言う。
「ここコロッセオにキュートな天使が舞い降りる!14歳、最年少最軽量、その小さな体で偉大な4人の姉を追う!バックボーン、ランニング!セシリア・バッケンハイム!フランス」
アナウンスが流れた。
「わ、わたしー!?え、こんなのあるの聞いてないよ!てか、すっごい恥ずかしいんだけど!」
セシリアの顔は真っ赤だ!
「まぁ協力してやりーや」
桜子がセシリアの背中をポンと押すと、その勢いでつまづいたように闘技場に出てしまった。
そのセシリアの姿を見て場内がざわめいた。
一部からは天使という言葉に偽りのないセシリアの容姿に「うおおお。セシリアちゃーん」と黄色い声援が上がってはいるが、ほとんどは否定的な声だ。
「おい。マジで小さいな。あんな子が戦うのかよ?」
「やっぱあの動画、嘘じゃね?」
「ランニングって・・・格闘技なめんなよ・・・」
そんな声が多数だ。
その否定的な声をセシリアは円形闘技場の中央でグッと堪えている。
「人を見た目で判断するな。その言葉をこの会場にいる皆様に贈ろう」
アナウンスのトーンが急に変った。
とても観客に言う言葉ではない。
その言葉と同時に2人の教官が金属バットを持ち、闘技場に現れる。
金属バットが本物であるという証明のために地面を何度も叩き、コンクリートブロックなどもそのバットで割った。
それを上空から吊るされたロープに結び付ける。
それを教官が思い切り叩くと、バットは後方に飛び振り子の要領で同じ場所に戻ってきた。
それはごく当たり前の光景である。
音が鳴りやんだ闘技場の中央でセシリアが観客席に向かい一礼。
そして、そのバットを蹴った。
そのバットは砕け散った。
あろうことかロープに吊るされただけの、固定なんてされていないバットが砕け散ったのだ。
その現実に観客席に居た誰もが言葉を失った。
「なめているのは、オマエらだ」
してやったり顔が容易に想像できる強気な、そしてお客さんに向かってとても失礼な発言だが、それを機に疑いの視線は消えうせ会場は一気にヒートアップした。
「つづきましては、目指しているのはコスモビューティー!けれど間違って入学してしまったここでまずはコスモヴァルキリーを目指す!目標は史上初前人未到の二冠!バックボーン、陸上。新道歩、日本!」
その紹介に少し笑いが起きた。
「うう・・・なんでそんな紹介・・・」
愚痴を言いながら登場する歩には、もう疑いの眼差しは感じられない。
そんな物は先程、セシリアが文字通り一蹴したのだ。
ええっと、私もなんかやるのかな?とドキドキしていると、「つづきまして」とアナウンス。
後で扱いの酷さに歩は小1時間ほどキレまくり校内の施設の何点かが使用不可になったのは、語られない事実である。
「この名前は聞いたことがあるだろう。こいつと対峙した物は覚悟せねばならない。立っていられるのは試合が始まる前までだと。触れたら即投げ、即絞める。金髪の日本の柔道王、ここに降臨。バックボーン、柔道。バース・桜子。日本」
歩たちとは違い桜子はこういう舞台に慣れているのだろう。
大きなアピールで喝采を真正面から受け止め、闘技場の中央へ歩を進める。
「そして玄武の方角!このあとにすぐ行われる開幕戦の選手が控えています」
歩たちが居る位置とは少し離れた位置。中央から見て北に位置する選手入場口にライトが当たる。


そこにはボロボロのドレスを纏ったマリアが立っていた。
手は鎖で繋がれ自由を奪われており、まるで囚人のようだ。
マリアは真っ直ぐ前を見る。
その姿を見て観客から大きな割れんばかりの歓声が上がる。
あの動画の子だ。
本当に居たんだ。
疑問は確信に変わる。
「女王は2週間前一度地に落ちた。そして罪人へ。その者の罪は女王であったということ。だが彼女は笑っていた。もっと強くなっていいんだ、と。彼女は誓う。奪われた物は奪い返す、と。新たなる反逆が今始まる。黄金の輝きを取り戻せるか!?絶対王権復権へ!バックボーン・ボクシング。マリア・シノノメ。アメリカ」
マリアが鎖を引きちぎりボロボロのドレスを破り捨てた。
鍛え抜かれた肉体がライトの下に晒される。
誰もがその美しさに見入っていた。
「そして朱雀の方角」
ライトがもう一つの選手入場口を照らす。
そこにはヴィクトル。
質素にも見えてしまう白い布だけを纏ったようなドレス。片手には両刃の剣。
ヴィクトルが生まれた地方の丘の上に立つ像をモチーフにしたヴィクトルの装い。
もはや誰の口からも言葉は出ない。女神がそこにいる。そう錯覚してしまうほどの美しさだった。
「女王、降臨。挑戦者だった少女は、故郷の期待を背負い友の夢を胸に、女王の座に即位した。ならば負けは許されない。真の女王は一人でいい。銀の女王は金の反逆を許しはしない!バックボーン・サンボ。ヴィクトル・バイルシュタイン。ロシア」
女神が白きドレスを脱ぐ。
マリアにも劣らない肉体がライトの光に照らされる。
その瞬間、女神は戦士に変わった。
「以上、5名の選手により今年度の順位決定戦を行います」
そのアナウンスと同時に5人は観客席に向かい一礼。
「開幕戦の選手を残し退場。これより順位決定戦1回戦。ヴィクトル・バイルシュタインVSマリア・シノノメ戦を開始します!」
オオオオオオオオオッ!
コロッセオには一際高い歓声に包まれ、武闘訓練校史上最高の熱気に包まれた。


つづく。