宇宙最高の称号・宇宙撫子を目指す大運動会。

スポーツで競いその頂点に降臨した全宇宙でたった一人の少女に与えられるその称号。

大運動会が開催される大学衛星を目指すために、少女たちは南極に集い覇を競い合う。


ここにも一人、宇宙撫子を目指す少女がいる。

名は新道歩。

誰よりも熱い闘志を胸に秘め南極に来てはみたものの・・・


西暦4998年。

南極が最も熱く燃えあがるその年。

もう一つのスポーツ青春物語。




下の数字が各話にリンクされています。

どうしようもないほどお暇なときに読んでいただければ幸いです。



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開幕戦にして究極の女王決定第2戦、決着戦の開始を告げるゴングが鳴り響く。
マリアはいつも通り軽快なステップを踏み、打撃重視の構え、ボクシングスタイルだ。
そして女王ヴィクトルは膝を軽く曲げ腰を落とし、両手は力を抜き顔の前へ配置されいつでも捕まえにいく準備は万端だ。
2週間前に見せた構えではない。
「拳法じゃないのね?」
向かい合うヴィクトルとマリア。
「おまえを相手に奇策が2度通用するとは思えないのでな。技として使う事はあるだろうが、今日は長年付き添ってきたこいつで行く事にするよ」
「そう。それでこそヴィヴィよ。そっちのほうがアナタらしいし、何より怖いわ。じゃ、いくわよ」
2週間前の試合、マリアはヴィクトルの拳法に虚を突かれたが、実際タップしたのはやはりヴィクトルの原点でありヴィクトルをヴィクトルたらしめる関節技だ。
だから嬉しい。だからワクワクする。だから背筋に汗が流れるほど怖い。
ヴィクトルの拳法は超一流だが、それでも10年以上続けてきた関節技を主体としたサンボに比べれば、やはり見劣りしてしまう。
ヴィクトルに勝つという事は、その関節技を主体の攻撃を破ってこそ、大きな意味がある。
拳法家ヴィクトルは強敵だ。それは認めざるおえない。
けど例えどんな犠牲を払ってでも勝ちたいのはサンボ使いヴィクトルだ。
そのヴィクトルに向かい、マリアは真っ直ぐにダッシュ。
一気にその距離が縮まり、互いの間合いに入る。
マリアの右フックがヴィクトルを強襲するが、それを綺麗に避けるとそのマリアの戻り際の右腕を掴もうとするが、ヴィクトルの頭の中で危険を告げる警報が激しく鳴り響く。
目の前にはマリアの左フックが、もう強襲していたのだ。
が、それも避ける。
しかしマリアは止まらない。
左の次は右。右の次は左と、息もつけぬ怒涛の連打。
オオオオオオオオ!!
そのマリアの連打に会場が一気にヒートアップする。
速くて重い。
連打の一撃一撃全てがヴィクトルをしとめるに十分な威力だ。
さすがのヴィクトルも避ける事が不可能になってくる。
ガードを固め、痛恨の一撃を貰わないように、顔、腹、足、その他急所となる全てに気を使わなくてはならない。
今は耐えろ。こんな連撃いつまでも続くわけがない。
10秒、20秒・・・
ヴィクトルの予想をこえ、マリアは止まらない。
マリアのあまりの回転の速さに、ヴィクトルを撃つ音がずれて聞こえ始める。
こいつ、まさか、このまま私を仕留めるつもりか・・・
マリアの連撃はますます速く重く。
ついに1分を越える。
「あんな連打、人間に可能なのかよ・・・」
「それもそうだけど、ロシアの子、あれだけメッタ撃ちされて立ってんぞ・・・尋常じゃねーって・・・」
ヴィクトルの耳に今まで聞こえなかった観客の声が聞こえた。その瞬間、背中に異物を感じる。
しまった・・・
闘技場としては異例な広さを誇るコロッセオ。
その中央で相対したはずなのに、マリアの尋常ならざる連撃により、いつの間にかコロッセオの壁際まで追い詰められていた。
その瞬間、放たれるマリアの左ストレート。
2週間前、ヴィクトルを瀕死にまで追い込んだ聖剣エクスカリバー。
これほどの連撃の後に放つ事ができるのか!?
「マリアッ!!」
右にも左にも、もう避ける事は間に合わず。
ヴィクトルの頭上でコロッセオの壁が爆発ような音をたて崩れ落ちた。
「マジかよ!!」
「この壁コンクリだぞ!」
観客の声が聞こえる。ということは生きている。ヴィクトルはしゃがんでいた。
けしてマリアの攻撃を避けるという意味でしゃがんだのではない。
恐怖。マリアの魅せる猛攻に恐怖し、恐怖に負けた体が自然ととった反応なだけだ。
情けないとは思わない。
むしろ恐怖を感知しそれに瞬時に反応した自分の臆病さに感謝する。
だからこそ、今まで一度も攻撃していないヴィクトルにチャンスが生まれた。
1分を越える連打。その猛攻の後のエクスカリバー。そして吹き飛んだコロッセオの壁。
それら全てがマリアの負荷となり、左腕の戻りが常人には気付く事のできないレベルで遅れてしまう。
その瞬間をヴィクトルは見逃さない。
恐怖はもう消えている。
マリアの左腕を掴むと、その瞬間マリアは爪先立ちになり背筋が伸び苦痛の表情を上げている。


「な、何してるの!?なんでマリアあんなに苦しそうなの?ヴィヴィがマリアの手を握ってるようにしか見えないんだけど!?」
選手専用観覧席で歩が驚愕の声をあげた。
マリアが痛みを感じている意味がわからない。
「あれがサンボの怖いとこや。ヴィヴィの本気や。体掴まれたら大抵の状況で関節決められてまう」
「桜子はあの技どうなってるかわかるの?」
歩と同じく、その理屈がわかっていないセシリアが問う。
「歩ちょっと立ってみ」
歩が桜子の言葉に従い立つと、桜子と歩が対面する形になる。
「あれはな、こうやって指を固めてんねん」
桜子が歩の手首を取ると、その歩の掌が自分に見えるように、そして指先が下に向くように捻る。
「キャアアア!痛い痛い痛い。さっちゃんストップストップ」
悲鳴をあげる歩は、くしくもマリアと同じく背筋を伸ばし、なおそれでも痛みに耐えきれず爪先立ちになってしまっている。
指も痛いがそれ以上に前腕の筋が痛い。
桜子が技を解くとその瞬間に痛みは消える。
「ふう・・・痛かったぁ・・・」
歩が痛がっているのを見て、桜子が微笑む。
「あれをやられるとな、人間はどうしてもマリアや歩のようにあの姿勢になってそれ以上の動きができへん、らしい。決め技にはならんかも知れんけど、技かけてる間は自分は休めるし、反撃前には相手びびらせるには最高の選択だと思うで、さすがヴィヴィや」
歩が真剣に桜子を見る。
「今できたってことは、さっちゃんもできるってことだよね。次の試合気をつけなくちゃ・・・」
「使えへんよ。指だけで相手止められるなんて正直信じられへん。長年あの技と付き合ってあの技を信頼してるヴィヴィならではの技や。なにより私がやっても完成度が違う。そんな昨日今日覚えた不完全な技がアンタに通じるとは思えへん」
「不完全て言ったら私やセシリーなんて全部不完全なんだけど・・・」
歩がしょぼんと。
「あはは。アンタやセシリーの不完全は完全を遥かに凌駕してる不完全や。それが歩とセシリーの強さやん。コテコテに固まった私らでは考えられない攻撃がくるかもしれへん。そう思うと一番やっかいな相手や。しかも打撃の威力はマリアに匹敵する。怖くてしゃーないわ」
桜子が視線を歩から、マリアとヴィクトルに映す。
見るとヴィクトルは削られた体力が回復したのか、技を解き、二人は今一度視線を絡め対峙していた。
その圧倒的緊張感に観客のヒートアップは留まることを知らず、広いコロッセオを支配していた。


つづく。

赤道直下の南極は、その日、暑かった。
そして、その場所はさらに熱くなっている。
今年の順位決定戦に用意された舞台はコロッセオ。
古代ローマの円形闘技場のレプリカである。
その円形闘技場には、訓練校の職員や教官だけではなく、多くの格闘技情報メディアの取材陣、そして多くの一般の観客で溢れていた。
「おおお。こんなにお客さん入るんだ・・・すごいな・・・なんでこれで不人気とか言われてんの?」
その観客の多さに歩が当然である疑問を口にする。
「いや、これは奇跡やで。だって生徒居なくて開催されない年の方が多いくらいやからな」
桜子が例年の事情を説明する。
「原因はこれですね」
セシリアが携帯端末を操作し、武闘訓練校のHPを開いた。
歩は眼を疑った。
カウンターの数字がとんでもなく伸びているのである。
その原因の正体は動画。
2週間前のマリアVSヴィクトルの試合がアップされているのである。
その動画に数々のコメントが寄せられていた。


金髪の方ちょーかわいい
いや銀髪に1票
おいおい、なんだこの試合?映画?
旋風脚てマジすか
金髪あの一瞬でフェンスの上てwww
特撮だろ
どうも本物くさい、加工した形跡がない、あ俺そういうエンジニア
人がフェンスにめり込んでます
人が飛んだ
特撮決定
だいたい武闘訓練校って、昔なくなったって話
いやまだある
だからその負の遺産の宣伝用動画だろ
・・・この人たち本当にいます。あ、私今年の南極訓練校の生徒です。あったことあります・・・この人たち本当にすごいです
マジかよ
寸剄キタ━(゜∀゜)━!
寸剄寸剄
銀髪つえー
いや威力としては金髪のパンチ
本物ならな


と、数多くのコメントがかかれている。
そして今日、どこで開幕戦の情報を聞きつけたのか、この観客である。
開幕戦がその動画と同じマリアVSヴィクトルだということを知っている観客は異様な熱気である。
その真意を確かめてやろうと、わざわざ南極にまで来たのである。
疑いと期待と、さまざまな視線が闘技場に注がれていた。


「本日は4998年度順位決定戦にお集まりいただきありがとうございます。これより順位決定戦を開始します。それでは選手入場」
選手入場口に強烈なライトが照らされた。心を高揚させる激しい曲が流れだす。
「うわ、なにこれ!こんなエンタテイメント性強いの!?」
入場口裏で激しい曲に耳を塞いでいる。
「ここは不遇の時代が長かった、てか不遇の時代しかなかったからな。今回は注目されとるからここで一気に人気かっさらいたいんやろ。ま、協力してやろや」
桜子が円形闘技場を見つめながらそう言う。
「ここコロッセオにキュートな天使が舞い降りる!14歳、最年少最軽量、その小さな体で偉大な4人の姉を追う!バックボーン、ランニング!セシリア・バッケンハイム!フランス」
アナウンスが流れた。
「わ、わたしー!?え、こんなのあるの聞いてないよ!てか、すっごい恥ずかしいんだけど!」
セシリアの顔は真っ赤だ!
「まぁ協力してやりーや」
桜子がセシリアの背中をポンと押すと、その勢いでつまづいたように闘技場に出てしまった。
そのセシリアの姿を見て場内がざわめいた。
一部からは天使という言葉に偽りのないセシリアの容姿に「うおおお。セシリアちゃーん」と黄色い声援が上がってはいるが、ほとんどは否定的な声だ。
「おい。マジで小さいな。あんな子が戦うのかよ?」
「やっぱあの動画、嘘じゃね?」
「ランニングって・・・格闘技なめんなよ・・・」
そんな声が多数だ。
その否定的な声をセシリアは円形闘技場の中央でグッと堪えている。
「人を見た目で判断するな。その言葉をこの会場にいる皆様に贈ろう」
アナウンスのトーンが急に変った。
とても観客に言う言葉ではない。
その言葉と同時に2人の教官が金属バットを持ち、闘技場に現れる。
金属バットが本物であるという証明のために地面を何度も叩き、コンクリートブロックなどもそのバットで割った。
それを上空から吊るされたロープに結び付ける。
それを教官が思い切り叩くと、バットは後方に飛び振り子の要領で同じ場所に戻ってきた。
それはごく当たり前の光景である。
音が鳴りやんだ闘技場の中央でセシリアが観客席に向かい一礼。
そして、そのバットを蹴った。
そのバットは砕け散った。
あろうことかロープに吊るされただけの、固定なんてされていないバットが砕け散ったのだ。
その現実に観客席に居た誰もが言葉を失った。
「なめているのは、オマエらだ」
してやったり顔が容易に想像できる強気な、そしてお客さんに向かってとても失礼な発言だが、それを機に疑いの視線は消えうせ会場は一気にヒートアップした。
「つづきましては、目指しているのはコスモビューティー!けれど間違って入学してしまったここでまずはコスモヴァルキリーを目指す!目標は史上初前人未到の二冠!バックボーン、陸上。新道歩、日本!」
その紹介に少し笑いが起きた。
「うう・・・なんでそんな紹介・・・」
愚痴を言いながら登場する歩には、もう疑いの眼差しは感じられない。
そんな物は先程、セシリアが文字通り一蹴したのだ。
ええっと、私もなんかやるのかな?とドキドキしていると、「つづきまして」とアナウンス。
後で扱いの酷さに歩は小1時間ほどキレまくり校内の施設の何点かが使用不可になったのは、語られない事実である。
「この名前は聞いたことがあるだろう。こいつと対峙した物は覚悟せねばならない。立っていられるのは試合が始まる前までだと。触れたら即投げ、即絞める。金髪の日本の柔道王、ここに降臨。バックボーン、柔道。バース・桜子。日本」
歩たちとは違い桜子はこういう舞台に慣れているのだろう。
大きなアピールで喝采を真正面から受け止め、闘技場の中央へ歩を進める。
「そして玄武の方角!このあとにすぐ行われる開幕戦の選手が控えています」
歩たちが居る位置とは少し離れた位置。中央から見て北に位置する選手入場口にライトが当たる。


そこにはボロボロのドレスを纏ったマリアが立っていた。
手は鎖で繋がれ自由を奪われており、まるで囚人のようだ。
マリアは真っ直ぐ前を見る。
その姿を見て観客から大きな割れんばかりの歓声が上がる。
あの動画の子だ。
本当に居たんだ。
疑問は確信に変わる。
「女王は2週間前一度地に落ちた。そして罪人へ。その者の罪は女王であったということ。だが彼女は笑っていた。もっと強くなっていいんだ、と。彼女は誓う。奪われた物は奪い返す、と。新たなる反逆が今始まる。黄金の輝きを取り戻せるか!?絶対王権復権へ!バックボーン・ボクシング。マリア・シノノメ。アメリカ」
マリアが鎖を引きちぎりボロボロのドレスを破り捨てた。
鍛え抜かれた肉体がライトの下に晒される。
誰もがその美しさに見入っていた。
「そして朱雀の方角」
ライトがもう一つの選手入場口を照らす。
そこにはヴィクトル。
質素にも見えてしまう白い布だけを纏ったようなドレス。片手には両刃の剣。
ヴィクトルが生まれた地方の丘の上に立つ像をモチーフにしたヴィクトルの装い。
もはや誰の口からも言葉は出ない。女神がそこにいる。そう錯覚してしまうほどの美しさだった。
「女王、降臨。挑戦者だった少女は、故郷の期待を背負い友の夢を胸に、女王の座に即位した。ならば負けは許されない。真の女王は一人でいい。銀の女王は金の反逆を許しはしない!バックボーン・サンボ。ヴィクトル・バイルシュタイン。ロシア」
女神が白きドレスを脱ぐ。
マリアにも劣らない肉体がライトの光に照らされる。
その瞬間、女神は戦士に変わった。
「以上、5名の選手により今年度の順位決定戦を行います」
そのアナウンスと同時に5人は観客席に向かい一礼。
「開幕戦の選手を残し退場。これより順位決定戦1回戦。ヴィクトル・バイルシュタインVSマリア・シノノメ戦を開始します!」
オオオオオオオオオッ!
コロッセオには一際高い歓声に包まれ、武闘訓練校史上最高の熱気に包まれた。


つづく。

リーグ戦という案は座礁した。
それによりマリアは頭を抱えていた。
「やっぱトーナメントにするしかあらへんな。マリアあきらめぇ。これはもう仕方ないて」
「・・・」
ドンドンドン、とマリアは悔しさで言葉なく床を殴りつけている。
「じゃ、じゃさ、この2番目のトーナメントを採用してさ、この3回戦わなくちゃいけないところを予備予選みたいな扱いにしてさ、私と歩が戦うってのはどうかな?それで勝った方が上がって4人のトーナメントみたいにしてさ」
セシリアが提案する。
まずは格闘経験が少ない二人が戦いその勝者が実績のある者がひしめくトーナメントに挑戦する。
そんなセシリアの冷静極まりない提案に異を唱える者がいた。
「いやよ!なんでそんなお得な役を無条件で二人に譲らなくちゃならないのよ!」
マリアである。
一番年上のマリアが、一番年下のセシリアにわがままを言っているのである。
年の順はこうである。
マリアがもうすぐ19歳になる18歳。
ヴィクトルが18歳になって半年。
歩と桜子が16歳。
セシリアが14歳。
「あ・・・うん・・・ごめんなさい」
セシリアがシュンと項垂れて謝った。
「うわぁ・・・最低や。とんだわがまま娘や」
「ああ、今のは最低だ。こうはなりたくないという見本を見たようだ」
「セシリー。気にしなくていいよ。今のは誰がどう見てもマリアが悪いからね。悪い見本だからああはなっちゃダメだよ」
歩に頭を撫でられセシリアはコクリと頷く。
「桜子とヴィヴィならわかるでしょ!だって、だって、こんな強敵が4人もいるのよ!ワクワクするじゃない?みんなと戦いたいって思うじゃない?試合っていう緊張感の中で戦いたいって思うじゃない?」
マリアは強敵は4人と言った。歩とセシリアも含まれているのだ。
「まぁ、わからないでもない」
「・・・そうだな。できれば私もそこに入りたい。そこに入って勝ち進めば3人と戦えるんだからな」
マリアと桜子は、歩とセシリアを見る。
この3人は圧倒的に格上の存在のはずだ。
あまりにも経験が違いすぎる。
が、その3人の経験が告げている。
歩とセシリアはけして格下などではない、と。
油断などしようものならば、一気に潰されると。
確かに歩とセシリアには圧倒的に経験がない。
だがこの2人はその経験の差を埋める必死の努力をしている。
それはけして侮ってはいけない。
歩のパンチの破壊力はマリアのそれに劣らないし、はたしてセシリアのスピードについていくことが出来るのか?
この素人2人は、確かにまだまだ荒削りだ。
だが、それぞれがマリアたちを驚かす武器を持っているのだ。
地球一に輝くに何の不足も無い格闘家3人が、本気で戦い、それでもなお敗北するかもしれない努力をしてきた素人なのだ。
遠慮、手加減などは不要。
本気で試合ってみたい相手なのだ。
「まぁ、それこそあとくされなくくじ引きやろな」
桜子がホワイトボードの文字を全て消し、5人用のトーナメント標を書いた。
1、 2a、2b、3、4。番号が書かれる。
まず2a、2bが戦い、その勝者が1と戦う。その勝者が3、4の勝者と優勝を争う変則トーナメント。
「なんなのよ、もう。この学校ホンットにおかしいんじゃない。こんなギリギリに決定戦やるなんて・・・みんなと試合するのこんなに楽しみだったのに・・・」
血が滲みでるほど拳を握りしめるマリア。
「そう怖い顔をするなマリア。戦いたいという気持ちが誰よりも強ければおのずとあそこに名が刻まれるはずだ」
「そうね・・・この子たちを相手に優勝する。それよりはあそこに入る方が簡単よね」

さていざくじ引きを始めようとすると、マリアがこう言った。
「ここまできたらガタガタ言わないわ。くじを引くのは年の順でいいんじゃない。私は最後でいいわ」
「ああ、そうだな。おまえたちから引け」
ヴィクトルもそれに賛同したので、くじを引くのはセシリアからになった。
セシリアがくじを引く。
1番。
「1番なんてええ番号やん。うらやましいわ。そんじゃ次は歩やで」
歩はコクリと頷きくじを引く。
3番。
「これは、これは。運命感じるで」
3人の顔が険しくなった。
これでこの3人のうち2人が望んでいた2番の特別枠に入るのである。
「んじゃ次は私か。これは責任重大や。ちびってまうわ」
桜子が運命のくじを引く。
4番。
ミーティングルームが一瞬の静寂に包まれ、そしてざわついた。
これによりまず歩と桜子の対戦が決定した。
そして特別枠でマリアとヴィクトルの戦いが。
開幕戦、マリアVSヴィクトル。
2週間前の究極とも思える戦いが、明日の開幕戦のカードである。
そしてその1週間後の1DAYトーナメントにその勝者が這い上がる。


「じゃ次は種目だね」
歩が種目のくじ引きを取り出すと、マリアがその中身をテーブルの上にばらまいた。
「あんた、なにしとんねん?」
「え?あ、うん。不正の確認よ。誰かが有利になる種目が何枚も入ってないかとか」
「それは必要だな」
みなで種目の書かれた紙を確認すると不正などは無いようだが、マリアがとある紙を取る。
「これはいらない」
そう言って省いた紙にはボクシングと書いてあった。
「な!何かっこええことしてんねん!」
「ああ、今のはずるい」
そう言って桜子とヴィクトルは各々が有利となる柔道とサンボの紙を排除した。
うわぁ・・・かっこいい・・・
「ええっと、ええっと、あ!じゃ私はこれいらなーい」
歩を1枚の紙を省く。
みんなと同じ事ができて歩はニコニコとご満悦だ。
歩が省いた紙には骨法と書かれていた。
・・・ところで骨法って何だろう?
歩がそれを選んだ理由はそれが漢字で書かれていたからである。なんとなく日本人である自分が有利なのではと思ったからである。
悲しいかな、ただそれだけである。


現女王であるヴィクトルがくじを引いた。
その紙を見たヴィクトルがニヤリと笑う。
「これを種目と言うとはな、なかなかだ」
「なんなのよ。早く見せて」
マリアが地団駄を踏むと、ヴィクトルが紙を裏返す。
そこには、何も書かれていなかった。
「な?どういうこと?」
歩が不思議顔だ。
「きっと、なんでもありってこと。打撃も投げも関節もOKってことよ。ヴァーリトゥードとかもあったのにね」
マリアがクスッと笑った。
「要は2週間前に私とマリアがやった試合ということだ、歩」
マリアとヴィクトルが見せたあの戦慄の試合。
あの衝撃が歩の胸に蘇る。


全ての舞台はここに調った。

順位決定戦、明日開幕。
今夜は眠れそうにないな。歩はそう思った。


つづく。

いよいよ明日から順位決定戦だ。
5人は乙女の花園ミーティングルームに居る。
「決定戦て結局どうするの?」
歩が当然の質問を投げかける。
今日この日まで、前にマリアが言っていた種目はくじびきで決める、と言う事以外何も聞かされていないのだから。
ガタリと椅子を下げ、マリアが立ち上がった。
そして教師よろしくホワイトボードの前に立つと、無言でそのホワイトボードに字を書きはじめる。
順位決定戦超会議。
ホワイトボードにはそう書かれた。
「じゃ、そう言う事で会議を始めるわ。なぜならさっき私は教官からトーナメントにするかリーグ戦にするかおまえらで決めろ。その後にくじびきしなさい。って言われたから。なによ、この訓練校!?そんなことまで私たちに決めさせるの!適当すぎも甚だしいわ!」
と、激怒するマリアは怪我も回復しとても元気そうだ。
「落ち着けマリア。この訓練校は入学者がいない年の方が多いくらいだからな。5人もいるとどうしていいか教官たちもわからないのだろう。なにせ数が少ないうえに奇数だしな」
と、ヴィクトル。ヴィクトルも元気そうで何よりだ。
「トーナメントでええんちゃう?」
桜子がそう言う。
「トーナメントね。誰か一人がシードであとの4人が勝ちあがってくるタイプになるわね」
そう言いマリアはホワイトボードに、シード選手はいきなり決勝戦から出場、他の4人が勝ちあがってくるトーナメント標を書く。
「それか、こうかしら・・・」
シード選手を2回戦から登場させるために1回戦の勝ち上がり組とシード選手が一度対決し、その勝者が反対ブロック1回戦の勝者と決勝を行うトーナメント標。
この場合、シードと反対ブロックの勝者は2回勝てば優勝、シードと戦う選手のみ3回勝たなければいけないことになる。
「どっちかって言えば、後の方が平等だね」
格闘は簡単にいえば傷つけあいだ。ならトーナメント戦の場合試合が少ない方が有利になる。
「5人だとどうしてもトーナメントの場合、有利不利でちゃうわね。なんなら私がここでもいいけど」
と、マリアが後のトーナメント案の3回戦って優勝の場所に名前を書いた。
「あとくされないトーナメントあんで」
そのトーナメント標を見ながら桜子が新たな案をホワイトボードに書いた。
トーナメントのやぐらは2つ。その勝ち上がり戦。
「これや」
「なによこれ・・・4人しか出れないじゃない」
マリアが怪訝な顔。もちろん歩もヴィクトルもセシリアもだ。
「そや、シンプルイズベスト。2回勝ったやつが優勝や」
「だーかーらー。それじゃ4人しか出れないじゃない!」
マリアが語尾を強める。
「だからな、マリアはもう1位ってことにして、2位3位を決めるトーナメントや。1回勝ったやつは2位か3位決定する。ほら、あとくされない綺麗なトーナメントやろ」
その言葉を聞いたマリアが意識を失っている。
「おお」
歩、ヴィクトル、セシリアは感心した。確かに何の不公平も無駄もない綺麗なトーナメントだ。
「いいやろ?マリアの今までの実績見れば1位言うかて誰もそこに不満はあらへん。認めざるおえない」
「あとくされ大アリよ!この、どぐされやろう!なんで私ここまできて仲間外れにされなくちゃいけないのよ!?」
「しゃーないやん。人数あわへんのやから。女王は優雅に私らの戦いを見ていればええ。お得やろ?」
「いやよ!絶対イヤッ!だったらヴィヴィの事、優勝させなさいな!今の女王はヴィヴィよ!私、負けたんだから」
マリアがビシッと現女王のヴィクトルを指差す。
「女王権限発動だ。断る」
ヴィクトルは冷静に権力を行使する。
「元女王・・・新女王の命令や。ここは従いぃ」
「絶対イヤッ!お願いだから仲間に入れてよっ!」
そう言って本気で泣きそうな顔をしながらマリアは、桜子の書いたトーナメント標をホワイトボードから消去した。
「しゃーないな。ほんま元女王はわがままや。ほなら総当りのリーグ戦にしよか。これはこれでしんどいし、戦う順番による有利不利がどうしても出てしまうけどな」
それは格闘の素人の歩にもセシリアにも理解できる。
例えば歩の最初の相手がマリアだとしたら、勝つにしろ負けるにしろ、相当なダメージを追うだろう。それは絶対に次からの試合に大きく響く。いや、もしかしたら次の試合に出れない、そんな事も起こりうる。
その逆の考えもできる。もしマリア、ヴィクトル、桜子が、リーグ序盤戦で消耗戦をした場合、その後にその3人と戦う歩やセシリアにも大きなチャンスがあるかもしれない。
「そうしましょう!なんだかんだ言ってもそれが1番平等よ。それに私はやっぱりみんなと試合したいわ」
よほど仲間外れにされたくないのだろう、マリアが叫ぶ。
「かまわない」
と、ヴィクトル。
「うん。私もそれでいいよ」
と、歩。
「私も。私はみんなに胸を借りる立場だから。へへ」
と、セシリア。
「じゃ、リーグに決定と。じゃ次は戦う順番決めて、競技決めしよか」
いつの間にか桜子が場を仕切っていた。


くじにより1週間おきに開催される試合の順番が決まった。
最初に誰が何週目に休むかのくじを引き、その後に自分が出る週の何試合目かのくじを引く。


1週目1試合目・新道歩VSセシリア・バッケンハイム。2試合目・マリア・シノノメVSヴィクトル・バイルシュタイン。桜子、休み。
2週目1試合目・バース・桜子VS新道歩。2試合目・ヴィクトル・バイルシュタインVSセシリア・バッケンハイム。マリア、休み。
3週目1試合目・マリア・シノノメVSバース・桜子。2試合目・ヴィクトル・バイルシュタインVS新道歩。セシリア、休み。
4週目1試合目・ヴィクトル・バイルシュタインVSバース・桜子。2試合目・マリア・シノノメVSセシリア・バッケンハイム。歩、休み。
5週目1試合目・バース・桜子VSセシリア・バッケンハイム。2試合目・マリア・シノノメVS新道歩。ヴィクトル、休み。


「うーん。いいじゃない、いいじゃなーい。綺麗な並びだわ。やっぱこうでなくちゃ」
ホワイトボードに書かれた試合順をみてマリアが満足気に頷いている。
「うむ。私とおまえが1週目であたるというのも運命めいててなかなかシビレルな」
「ええ。互いに怪我も完治して万全の状態。今度は前みたいにいかないわよ」
「ああ。次も全力でやるさ」
マリアとヴィクトルは拳をあわせる。
「あかーん、あかーん、これはあかーん!1週目に試合無いてなんやねん!これはあかーん」
桜子は頭を抱え嘆いている。
「言うのは簡単だけど、こうやって見ると大変そうだねぇ。歩、どう思う?」
セシリアがホワイトボードから歩に視線を移す。
「だねぇ。私はもう少し試合すくなくてもいいかな~、なんて。たはは」
歩は苦笑いで答える。
セシリアの言うとおり、これはさすがに厳しい。
5週間で4試合。尋常ではないハイペースだ。
その恐ろしさに戦慄さえ覚える。
「だよね。私も同じ」
そんな歩の心情を察してかセシリアは歩の手を握り微笑んだ。
桜子がムクッと立ちあがった。
「嘆いててももう決まったもんはしゃーないな・・・時間があらへん。次は競技決め・・・」
そこまで言うと桜子はしばし考え「んがー」と本棚をあさりだし、武闘衛星のパンフレットを見だした。
「あかん・・・これあかんで・・・このリーグ戦成立せえへんで」
「どういうことよ?1週目に試合ないからって適当な事言ってあやふやにしようとしてるんじゃないでしょうね?」
マリアが腕を組み、疑いの眼差しを桜子に向ける。
せっかく決まった理想のリーグ戦を消されまいと必死だ。
「んなわけあるか!ここ見てみい、ここや」
桜子はテーブルにパンフレットを広げ、指をさした。
そこには武闘衛星の入学式の日にちが書いてある。
10月20日。
「今日、何日や?」
マリアとヴィクトルが固まる。
口をパクパクさせる二人に代わり、セシリアが答えた。
「・・・えと、10月1日。5週間もかけてリーグ戦してたら、私たち誰も衛星に行けないね・・・」
「なんなのよ、なんなのよ、この学校!なんでそんな時期まで決定戦やらないのよー!」
本日2度目のマリアの叫びがミーティングルームに響いた。


つづく。

まるでコスモヴァルキリーが決定したかのような拍手喝采だった。
鳴りやまぬ歓声は教官や職員のもの。
歩たちはとても拍手など送れない。
あと2週間後。
あの二人と戦わなければならないのだから。
ただ驚愕と羨望と、そして恐怖、混じり合う感情はもう自分が何を考えているかわからなくなるほどだ。
「さっちゃん、ヴィヴィなにしたの・・・なんでマリア、あんなに苦しそうだったの・・・」
当然の疑問だ。
格闘の素人である歩に、あの絶技がなんなのかはわからない。
「なんなん・・・なんなん・・・あいつ・・・寸剄ってんなアホな。あんなん映画とか漫画・・・よくて演武の話やろ・・・」
歩の声はきっと聞こえていない。桜子は二人が降りたオクタゴンをずっと見つめ、ブツブツと呟いている。
「さっちゃん、さっちゃん!今の何!?」
「え・・・ああ。ヴィヴィが関節に入る前にやった技か?」
「うん・・・殴ったように・・・動いたようにも見えなかったんだけど・・・」
桜子は考える。今の現象をどう伝えたものか。
「漫画や映画で見たことないか、寸剄って技?」
歩もセシリアも「見たことない」と首を振る。
「ちゅーかあんたら、カンフー映画とか、格闘漫画とか見たことあるか・・・?」
またも首を振る二人。
これはなんとも説明のしようが見つからない。
正直、桜子もいまだに目の前で起きた現実が理解しきれていないのだ。
「あれはな、打撃や。パンチやパンチ。なんであーなるか理論はようわからん」
「さっちゃんにも分からないんだ・・・」
歩の声は不安に溢れていた。
「わからん。発剄とか言われてて気を相手にぶつけるとか、そんなんやったけど・・・わかってることは喰らったら終わりっちゅーことや。威力としてはマリアやあんたのパンチの方が強い。けどあのマリアの動きを止めるだけの威力はある。ヴィヴィの手が触れたらそれは敗北に繋がるっちゅーことや」
歩は不思議だった。
ヴィクトルの見せた技の恐ろしさを語っている桜子は楽しそうなのだ。
「さっちゃん、楽しそうだね?」
「楽しそう?私が?そんな顔しとるか?」
「うん」
「そか。そんな顔しとるか。なら楽しいんちゃうか?私は早く戦いたくてしゃーないんやないやろか?」
桜子は笑っていた。
あんな究極とも思えるほどの戦いを見せた二人と、あと2週間後には戦わなくてはいけないというのに、桜子は笑っていた。
あんな技を持つ二人と戦わなくてはいけないというのに、桜子の目の奥の輝きには、自信に溢れていた。
歩は知ってしまう。
化け物は二人じゃない・・・三人だ、と。


日が沈みかけている海岸沿いの砂浜。
マリアとヴィクトルの試合が終わって、コスモヴァルキリーを目指す物の戦いを見せてくれた二人の健闘を称えるためにあいさつに行くと、そのまま不安を振り払うかのように日課のランニングに来ていた。
マリアとヴィクトルはそれぞれ個室の治療室に入っているが、1週間もすれば完治、順位決定戦には間に合うようだ。
それを聞いた桜子は安堵の表情を浮かべ「ほな、練習行くわ。あんたたちどうする?」と誘ってくれたが、どうにも走りたい気分だった歩とセシリアは砂浜へ。
前を走るのは歩、その後ろにセシリアがついていく、いつものランニング。
前を走る歩の背中を見て、セシリアは思う。
あんなすごい戦いを見た歩は今何を考えて走っているんだろう?
ランニングじゃ強くはなれない。
歩は勝とうとはしていないんだろうか?
あ、もしかして・・・
セシリアは不安になってしまう。
こんなランニングをしてる日だった。
セシリアと歩は、こんな約束をした。
「・・・目標が体を鍛えるから変わったの。歩の走る姿を見て変わったの。私もみんなと衛星に行きたいって変わったの。歩といっしょに胸をはって堂々と衛星に行きたいって思ったの!」
今度は歩が戸惑い赤面する番だ。
「あ、あ、私のせいかぁ」
「そうです、だから責任はとってちゃんと練習につきあってください!」
そんな約束をしたのは、今走っているこの砂浜だ。
それ以降、いや、それ以前からだが歩はかなりの頻度でセシリアのランニングに同行しているのだ。
もしかして自分のせい・・・?
歩が、頻繁にランニングに付き合ってくれるのも、さっきも桜子の柔道の合同練習を断って自分とのランニングを優先してくれたのも、あの約束のせいではないだろうか?
もしかしたら、前を走る歩の秘めた可能性を自分は潰してしまっているのかも知れない。
そんな思いにかられてしまうと、もう不安で押し潰されそうになり、その思いを声に出してしまう。
「歩っ!」
突然のセシリアの大声に肩をビクッと震わせ歩は振り返る。
「ど、どしたの?」
「歩っ!もうさ、私のランニングに付き合ってくれなくていいよ!歩の練習をして!歩の可能性を潰さないでっ!ランニングじゃなくちゃんと強くなる練習して!」
歩は走る足を止めた。
セシリアも足を止め二人は向き合う。
「どうしてそう思うの?」
そう問う歩の顔をセシリアは見れない。
「だって、歩あんなに強いのに、みんなに勝てそうなくらい強いのに、私とランニングばっかりしてちゃ強くなれないよ」
その叫びに歩はすこし不思議そうに考えた。
「セシリーだって十分強いよ。私、セシリーに勝てたら素直に嬉しいもん。そんなセシリーの強さはこのランニングだよ。毎日かかさないランニング。それがあのターニャも抑えたスピードを作ってる。そんなスピードを出せる脚力だからマリアも顔を歪める蹴りが出せる。そんなスピードの足だからその蹴りは避けられない。ランニングはね、人を強くするよ」
その言葉にセシリアは顔を上げた。歩は笑っていた。
「セシリーはきっと私のパンチを見て、そう思ってくれたんだよね」
そう言うと歩は何もない宙に右ストレートとは言い難い不格好なパンチを繰り出す。
あらゆる格闘技のパンチを撃つという基本フォームに合点しない歩のパンチ。
それは歩の全力のパンチだ。
全力である証拠に、空気が振動する。
その振動は海から吹く風を押し返しセシリアの頬を撫で髪の毛をかき上げる。
すごい・・・すごい・・・マリアのパンチもすごいけど、歩も全然負けてない。
「私ね、なんで私のパンチがこんなになるのかその正体知ってるんだ」
「なに?」
「走るのが好きでずっと走ってたからだよ。さすがに脚力には自信あるんだ。その脚力で全力で地球を蹴ってパンチを出すの。腕っ節の強さや握力はもちろんだけど、地球を蹴る力もパンチには重要だと思うよ。なんてったってスピードが違うよね。素人考えだけどさ」
もう一度、全力のパンチを宙に放つ。
「セシリー、もう1回言うよ。ランニングは人を強くする。それにさ、あとたった2週間。たった2週間で何かを学んだって、あの3人には通用しないよ。あの3人はそんなに甘くないよ。だったらさ、今の自分の武器を伸ばそう。私たちの武器をもっと鍛えるために、いっしょに走らせてよセシリー。セシリーと走ってると、いつか抜かれちゃうんじゃないかって、すごい緊張感があって、私すごい楽しいんだよね」
セシリアは赤面してしまう。
歩の笑顔が眩しいくらいにキラキラと輝いてたから。
みんな目標で憧れだけど、歩は特別だ。
歩はいつだってセシリアにワクワクと言う気持ちをくれる。
「うん」
セシリアは微笑んだ。


格闘の素人である二人は、もう一度走り出す。
その武器を、3人のヴァルキリー候補にぶつけるその時のために。


つづく。

立ち上がりはしたがヴィクトルは回復しきってはいない。
それはマリアの目にはあきらかだった。
肩は息を吸う度大きく揺れ、目は虚ろで、足取りもフラフラと力無い。
それでも銀の反逆者は間合いを詰めてくる。
刃向うならば黄金の女王は容赦はしない。協力無比な剣を抜く。
「がっ・・・」
マリアの攻撃を受ける度、一歩後退し、また間合いを詰めてくる。
先程までの究極とも思える攻防はなりを潜め、一方的なマリアの連撃が続く。
それでも反逆者は革命をあきらめない。
殴られ蹴られ幾度後退を余儀なくされようと、前へ進む力は着実に強くなっている。
そしてついに最後の槍を振るう力が整う。
右フックを振るうマリアの視界からヴィクトルが消えた。
下!
マリアの読み通りヴィクトルは体を巻き込むようにしゃがんでいた。
そしてマリアの足を薙ぎ払うように蹴りを放つ。
「チッ」
格闘ゲームでよく見る下段回し蹴り。
まさか実戦で見ようとは。
マリアは飛んでそれをかわす。
ヴィクトルの足は鋼鉄製のフェンスを切り千切るほどの刃物と化している。
鍛える事の出来ないアキレス腱を狙われたならばかわすしかない。
先程まであれだけ虚ろだったヴィクトルの目に、勝利の光が宿っていた。
あ・・・これ、まずい・・・
宙に浮くマリアの背に冷や汗が流れていた。
ヴィクトルは低く腰を落としマリアの着地に備えた。
宙に浮くマリアは何度か拳を叩きこむが、地に足がついていない状態で放つ拳でどうにかなるような相手ではない。
着地してからが勝負だ。
マリア、着地。
その刹那、最短距離で届く手技を最速のスピードで放つ。
が、ヴィクトルの右拳はもうマリアの鳩尾にそえられていた。


イメージ。
マリアの鳩尾に触れている右拳から肩までの関節はがっちりと固定、鋼の棒とする。
残った右腕以外の全ての関節は水のように柔らかく、肉は鞭のようにしなやかに。
腰を落とし大きく開かれた両の足は大地を掴む。
最も身近で最も大きく最も重い地球を体の一部と化す。
一部と化した地球から重さを借りて、足を地につけたまま大地を蹴る。
大地を蹴った瞬間、鞭のような肉をしならせ、水のような関節を加速させる。
殴るのではない、貫く。
その瞬間、右腕は魔槍と化す。
「破ッ!!」


マリアとヴィクトルが動いた気配はない。
ただ先程とは正反対で、マリアが鳩尾を抑え「うぅぅああ・・・」と在らぬ声を口から溢れさせている。
絶技、寸剄、発動。
銀の反逆者ヴィクトル、ここに実戦において人類史上初の寸剄を披露する。


反逆者に慈悲などはない。
革命を起こす為にこの場に立っているのだから。
苦しみ動けぬマリア。そんなマリアを見てヴィクトルがその機を逃すはずがない。
ヴィクトルはまるでドロップキックのようにマリアに飛びついた。
しかし両足は開かれていて、マリアの胴にその足を絡め、二人はもつれるように倒れ込んだ。
オクタゴンの上を2回転。二人はもつれながら回る。
その回転が止まると、マリアは新たな悲鳴を上げた。
それはこの場にいる誰もが初めて聞くマリアの悲鳴だった。
いつの間にその体制に入ったのか?
回転が終わるとマリアの両足は一の字に大きく開かれていた。
右足はヴィクトルの両足に完全に絡められロックされ、左足はヴィクトルの両手により膝は絞られ足首は在らぬ方向に曲げられている。
完全に決まった関節技は絶対に外せない。
絶対要塞に住む女王はついに陥落の時を迎える。


誰もが目を疑った。
歩も、桜子も、セシリアも、教官も職員も。
誰もが言葉を失った。
マリアがタップしたのだ。
誰もが初めて見る姿だった。
マリア本人でさえ、忘れるほど遠い記憶の行動だ。
マリア、訓練校で初の敗北。
反逆者は革命を為し得た。
ボロボロの体で新女王の座に即位する。
女王ならば立たねばなるまい。
息も調わぬ傷だらけの体で、新女王は拳を天に突き上げた。
そして地に落ちた敗者である元女王を見下ろす。
それは必要な事なのだ。
民はそうして強くなる。
あの力に抗え、立ち向かえ、とさらに強くなる。
それは望むところだ。
より強きライバルと戦うために戻ってきたのだから。
勝者ヴィクトル・バイルシュタイン。絶技、寸剄の使い手。
その名は一気に本年度コスモビューティー候補として、武闘衛星にまで響き渡った。


敗者は去る。
勝者に見下ろされ、その舞台から去る。
動けぬマリアを支えているのは、校医であるクリスだった。
そのクリスがマリアの表情を見て驚いた。
笑っている。笑っているのだ。
負けた事など、この元女王には眼中にないのだ。
最初から最強であったのではない。負け続けで始まった格闘人生だ。そんなのは当り前だ。誰だって弱いのだから。
強くなるから面白いんじゃないか。自分より強い相手を越えるからこそ楽しいんじゃないか。
久々の敗北の味をマリアは堪能する。
強くなる事に躊躇いを覚えていた日々に別れを告げた。
私はもっと強くなっていいんだ。
もっともっと、強くなっていいんだ。
そして誓う。
次の勝利を。
マリア・シノノメ。その強さはさらなる高みへ。


つづく。

軽くステップを踏みマリアはいつも通りのボクシングスタイルで試合に入る。。
マリアの最も得意とするスタイルで、歩たちも見慣れたスタイルだが、その動きはまるで別人がこなしているかのように、練習とは比べ物にならないほど洗練されている。
「あんにゃろう・・・練習ん時とまるで違うやんか。あれが試合で見せる本気か・・・」
その試合開始間近のステップをみただけで、桜子は質の違いを見抜いていた。
「なめてないわよね。それが本気なのよね?」
マリアの視線がヴィクトルをきつく射抜く。
「ああ、本気だ」
そう言うヴィクトルの構えは、サンボを主体として戦っていた頃とは大きくかけ離れている。
両足を大きく開き、重心は低く。両手は拳を作り左手はマリアとの距離を測るため軽く前に突き出され、右手は顔を守りつつもいつでもカウンターが取れるように配置されている。
それは関節技を主体として掴みにいくための構えではない、あきらかに打撃を主体として戦う者の構えだ。
ヴィクトルの構えは拳法の物だった。
「いくぞ」
言葉と同時にヴィクトルのハイキックがマリアの顔面を強襲する。
その自信は本物だった。
ヴィクトルは足技が苦手だった。それが今はどうだ。桜子が握りしめた拳の中に汗をかくほどの驚異的速度に昇り詰めている。
しかし相手は女王マリア、一瞬驚きの表情は見せたが間合いは完全に見切り、顔を少し後ろにそらしただけで見事にかわす。
攻撃が外れた後は隙ができるのが勝負の理。
強襲を仕掛けてきたヴィクトルに反撃を試みるマリア。
しかしヴィクトルは止まらない。
ヴィクトルの初撃は当たれば致命的な攻撃だったが、それ自体は次の技につなげるための回転運動の役割をしていたのだ。
振りぬかれた左足はヴィクトルの体そのものに遠心力を与える。
クルリと反回転すると今度は右足が跳ね上がり、ローリングソバットの要領でマリアを襲う。
反撃を試みていたマリアの反応が遅れる。
いや、歩たちには遅れたように見えただけだ。
その奇襲もマリアはかわしてみせた。
が、それすらも実はつなぎ技だ。
遠心力はますます強く働く。
ヴィクトルはその遠心力を利用しマリアに向かい飛んだ。
危険!!
そう直感したマリアが後ろに下がるがオクタゴンのフェンスが背中に当たり逃げ場をなくす。
しまった・・・
バスケの試合でも見せたがヴィクトルの跳躍力は異様な滞空時間だ。
その跳躍力と遠心力をいかした跳躍は、本当に空を飛ぶ鳥のようだった。
空に浮いている時間にヴィクトルは2回転。2度にわたり超高速の蹴りを放つ。
旋風脚。
拳法蹴り技の最高位がここに披露された。
圧巻だった。
その速さもさることながら、威力がすごい。
ヴィクトルの蹴りによりフェンスが千切り取られている。
ヴィクトルの足は鋭利な刃物と化している。
が、そこにマリアはいない。
避ける場所など無かったはず。
いや、一つだけ。
オクタゴンを何度も経験しているからこその、マリアの判断。
「口だけじゃなくて安心したわヴィヴィ。アンタやっぱ最高よ。勝負はやっぱこうでなくちゃ」
「本気だとわかってもらえたか?なら降りてこい。続きをしよう」
ヴィクトルは見上げた。
マリアはあの一瞬でフェンスの上に飛び乗っていたのだ。
「それになんだあの置き土産は?」
ヴィクトルが問う。
「気にいってもらえた?」
ヴィクトルの頬が切れている。一滴、血が流れ落ちる。
あの戦慄ともいえるヴィクトルの強襲をかわしただけでなく、マリアはヴィクトルの顔面に一撃加えフェンスに飛び乗っていたのだ。
ヴィクトルの背筋に冷や汗が流れる。
痛みを感じただけで、どんな攻撃をされたのかヴィクトルには見えていなかった。
「ああ、気にいったよ」
試合が始まってたった38秒。
超一流の攻防に誰もが震えていた。


フラッシュ。
そう呼ばれるマリアのジャブがヴィクトルを襲う。
フラッシュ、そう呼ばれるようにマリアのジャブはまさに閃光だ。
人間の反射速度を遥かに凌駕するまさに光の技。
当たる事が前提で放たれるその技は、さすがのヴィクトルもガードを固め受けるしかない。
そのジャブの間に動きを封じられる強烈なローキックや体力を根こそぎ奪っていくボディブローが何度も放たれる。
それを嫌がりガードを解き無理に攻撃をしかけようとすれば、そこには必殺の一撃が襲ってくる。
マリアの本気の一撃は食らったらそこで終わりだ。
以前、歩が怒りに我を忘れて見せた、地面を殴りその腕を肘まで地面に埋め込んだあの打撃、マリアはきっとあれができる。
よつんば組んだとしても、マリアとて全米柔道王だ。サンボの達人のヴィクトルとはいえ容易には倒せない。
事実、組んでも今までこのマリアに一度も勝てず、何度も組み技、寝技で苦汁を舐めてきたのだ。
さすがだ・・・このままではまずい。勝負にでるか・・・
ヴィクトルがマリアのジャブに耐え、ジリジリと間合いを詰めだした。


マリアは異変に気付いた。
ジリジリとではあるが、ヴィクトルがすり足で間合いを詰めてきているのだ。
詰められた間合い。マリアは後退を良しとせず。
そうよね、そうこなくちゃ。どんな打撃を身につけてこようと、あなたの真骨頂はやっぱりそれよ。あなたに勝つって言う事は、こういうことだもの!
竜巻のような連打は止んだ。
マリアはヴィクトルと組み合うことを選択した。
組んだ瞬間、いや、マリアの指先がヴィクトルに触れた瞬間、ヴィクトルの世界が上下反転する。
いつの間にか、投げられていた。
視線の変化からすると、これは背負い投げか?
しかも練習では絶対に出さない、頭から叩き落とす本気の背負い投げだ。
ならば着地の寸前に足を取りにいく。ヴィクトルは投げられながらも次のプランを練る。
ヴィクトルの体はまるで無重力空間のように弧を描く。
いや、本当にヴィクトルは重力から解放されていた。
「え・・・」
背負い投げと思い込んだ、ヴィクトルの読み負けだ。
マリアは手を離していた。
地に立つマリアと逆さに宙を舞うヴィクトルの視線が交差する。
ニヤリと口元を歪めるマリアの笑みは、悪魔の笑み。
マリアは歓喜していた。
全米ボクシング王者を決めるトーナメントでも、マリアは本気になれなかった。
いや、本気になってはいけなかった。
相手が良くて再起不能、悪くて死亡、そんな結果が容易に想像できてしまったから。
その圧倒的強さゆえ、地球で本気を出すことは諦めていた。
マリアは飢えていた。
しかし、ここに本気を出せる相手がいる。
いや、本気を出して、なお、敗北を喫するかもしれない相手がいる。
しかも、4人も同時にだ。
今年に限りここはただ順位を決める場所じゃない。まして何かの種目の世界一を決める場所でもない。ここは間違いなく地球一を決める場所だ。そう気付けた自分が嬉しくて、嬉しくて。
女王はついに剣を抜く。


その剣は聖剣。
かの常勝の王が待つ戦の神に愛された剣。
なればその名こそ常勝の女王マリアの必殺の一撃に相応しい。
いつの頃からか、マリアの左拳は、その聖剣の名で呼ばれていた。
常勝の女王が振るう剣の名は、エクスカリバー。
マリアはついに剣を抜く。
「シュ!」
まるでサンドバックよろしく、宙に舞うヴィクトルに、マリアを最強と呼ばれる位置に押し上げた渾身の左ストレート。
「ガハッ」
狙われた腹はなんとかガードした。それでもガードのために使用した両腕はガードの意味を持たず、腹部が突然爆発したかのような今まで味わったことのない得体の知れない感覚が強烈に襲ってきた。
ガシャンと響く金属音と「あ・・・あ・・・」と息も絶え絶えのヴィクトルの声が聞こえたのは同時だった。
その一撃で身長173cm体重50kgを越えるヴィクトルの体は4m以上後方のオクタゴンフェンスに叩きつけられていたのだ。
「何、今の・・・人ってあんな風に飛ぶの・・・」
セシリアが呟いた。
「わかんない・・・でも今見ちゃったよね・・・」
歩の声は震えていた。
マリアの左ストレートを受けた瞬間、ヴィクトルは水平に飛ばされたのだ。
水平に飛びそのまま鋼鉄製のフェンスがヴィクトルの体の形に隆起するほど叩きつけられたのだ。
ヴィクトルは宙に浮かされた逆さまの状態のまま、フェンスに貼りつけられていた。
「あ・・・あ・・・」
供給されない酸素をどうにか取り入れようとヴィクトルの肺が躍起になっている。
ズルズルとフェンスからずり落ち、オクタゴンに這いつくばるヴィクトル。


女王は民を見下ろす。
高く聳える天に近き城から、地を這う民を見下ろす。
今、マリアとヴィクトルの視線はそれほどの違いがある。
地を這うヴィクトルにマリアは攻撃を加えない。
ルール上、パウンドに行くのはOKだ。
だがマリアは攻撃を加えない。
それは女王の慈悲。
民が刃向わないのならば、女王が剣を抜く事は無い。
しかし見下ろす。
その動きから視線を外したりはしない。
この息も絶え絶えの民は、いまだ絶対王権の革命をあきらめたりはしていない。
そして分かっている。
この民は、その革命を成し遂げるだけの威力を持つ巨大な大砲をいまだ使用することなくその手に温存していると。
その大砲を受けず、そして破らず、どうして民の反乱を抑えられよう。
女王マリア。
その技も心も、宇宙闘姫に輝くに何の不足も無し。


民は己に言い聞かせる。
いまだ動かぬその体に言い聞かせる。
覆せぬ絶対王権など長き時の中に一つもなかったと。
時代は動く。
弱き民でも時代を動かす力を持つ。
一度始めた革命は、新しい時代を切り開くまで続けるのが首謀者の責務だ。
ならば立て。
這いつくばってでもいい。どんなに無様でもいい。
この手の内にある最後の槍を女王の胸に突き立ててやろう。
ヴィクトルは炎の槍を手に立ちあがる。
反逆者ヴィクトル。
絶対王権を崩壊し新女王の座へ向かい、その槍を解き放つ。


つづく。

マリアとヴィクトルの二人は選手控室にいた。
ヴィクトルが帰ってきて早々、再開の余韻もほどほどに、本当に試合は組まれた。
その試合をヴィクトルが熱望したからだ。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけどさ」
再開したばかりとはいえ試合前。
視線は合わせない。合わせればそこに甘えが出てしまうかもしれないから。
マリアはヴィクトルに背を向けオープンフィンガーグローブを手になじませ話しかける。
「どうした?」
ヴィクトルも自分のロッカーから武闘校指定のユニフォームを取り出し着替えながら答える。
「どうしてここに戻ってこれたの?」
「単純な話だ。ここには九龍代表がいなかったからだ」
「ならもっと早く帰ってこれたんじゃないの?」
2つ目の質問に、ヴィクトルは少し沈黙する。
「ああ、戻ろうと思えば1週間くらいで戻れる状態にはあった」
「じゃ、なんで?」
「アイラに・・・アイラに、申し訳なかった・・・あいつは夢を壊されたのに、私だけ夢を追い続けていいのか迷っていた・・・」
「・・・」
その心の苦しみは容易に想像できる。マリアに言葉はない。
「そんなとき、アイラが私を訪ねてきたんだ。あいつの顔を見て私は泣いてしまったよ。泣き崩れたよ。そしたらあいつは私を抱きしめこう言ったんだ。私が果たせなかった夢をおまえに託したい。我々の生まれた地に栄誉を。我々を育ててくれたたくさんの父と母に強き姿を。同士ヴィクトル、戦ってくれ。おまえと私の心は常に共にある、と」
夢砕かれ去らなければならない者を思う者と、残れる立場に苦悩する者を思う去らねばならぬ者。
「ここに戻る時もわざわざ空港まで来てくれてな。笑って見送ってくれたよ」
ヴィクトルとアイラ。
共に父と母を持たぬ、大国ロシアの試験管ベイビー。生まれながらに国の威信を背負い特殊な環境で育った二人にはきっと誰にも割りこめない何かがある。
「素敵な友人ね」
そんな絆にほんの少し嫉妬を覚える。
「ああ、とても大切な友人でありライバルだ。おまえたちと同じくらいにな」
その言葉にマリアは思わず振り返ってしまった。
「あ・・・」
いったいいつからだろう?ヴィクトルはもうマリアを見ていた。とても優しい微笑みで。
控室に入り、初めて二人は目を合わせた。
いや、もしかしたらヴィクトルが帰ってきて初めて交わった視線かも知れない。
「アンタやっぱここの服似合うよ」
いったい私はどんな表情を見せてるんだろう?笑っているのだろうか?泣いてしまっているんだろうか?マリアは今の自分の表情すらわからない。
「そうか?こうも体にフィットする服はひさびさに着たから少し違和感があるがな」
そう言いながら肩を軽く回すヴィクトル。
「手加減しないわよ」
「ああ、望むところだ。私も新しい私を全力で見せるよ」
拳をカツンと合わせ、二人は入場する。
順位決定戦、2週間前。
今年度武闘訓練校、事実上の最強決定戦が始まる。


もうすぐマリアとヴィクトルが入場してくる。
館内はざわめいていた。
これほどの人が武闘校にいたのだろうか?歩がそう思っていまうほど、館内にはたくさんの教官と職員がいた。
二人の為に用意された舞台、オクタゴンの周りはもう蟻の迷い込む隙間もないほどだ。
「歩、セシリー、良く見ておけよ。今から化け物同士が争う。今から見るとんでもない化け物に私らは喧嘩売らなあかんのや」
桜子の言葉はいつになく真剣で、少し震えていた。
ゴクリと唾を飲み込むセシリア。
「どっちが勝つかな・・・?ううん、二人とも勝ってほしいよ・・・」
これから怖い物でも見るようにセシリアは歩の腕にしがみつき、その体は小さく震えている。
「どっちだろうね・・・わかんないよ。でもねセシリー、これだけは覚えておいて。これは勝負。陸上でもそうだけど、どちらかが勝ってその勝者の影には絶対に敗者がいる。今から二人が見せてくれる事はね、私たちが絶対忘れちゃいけないことだよ」
歩の言葉が終ると同時、歓声がわき上がった。
「うん。あっ、キタッ!ヴィヴィだよ」
セシリアが指指す。


まずはヴィクトルがいつも通り真っ直ぐ前を見つめ入場してきた。
いや、違う、違う。歩は気付く。気付いて体が震えてしまう。
ヴィクトルの目の奥、いつものヴィクトルじゃない。あれが国の威信を背負い、友の夢を背負うということか。
その輝きはまるで凶暴な肉食獣の物だ。
その視線だけで気弱な者なら逃げ出すか、怯え許しをこうであろう。
ヴィクトルがオクタゴンに上がると、続いてマリアが入場してくる。
さらなる歓声が館内を支配した。
スポットライトなどない練習試合なのに、マリアは黄金の光を放つ。
訓練校最強と謳われ、訓練校在籍中でありながら今年度のコスモヴァルキリー候補に名の上がっているマリアが女王の貫録を纏い歩を進める。
その視線の先には獣と化しているヴィクトルの両眼。
あの視線を真向に受け止め、放つ黄金の光はさらに輝きを増す。
オクタゴンの上、獣が獲物を威嚇し、女王が民を見下ろす。
あれが先程まで再開を喜びあっていた友の姿だろうか?
いや、無二の親友だからこそか。
これが試合というものか。
二人は互いに必殺を誓いあっている。
「歩、二人とも怖いよ・・・」
セシリアはますます強く歩に腕に抱きついた。
マリアがマイクをとった。
「桜子、歩、セシリー。よく見ておきなさい。コスモヴァルキリーを目指す者の戦いを見せるわ」
歓声が巻き起こる。
ここに長年勤める教官や職員たちも期待しているのだ。
最高の試合になると。
「私もいいか」
そう言いヴィクトルがマリアからマイクを受け取る。
「3人とも良く見ておけ。私がどう戦い、どうマリアを倒すか。最強、それは次の敗者におくられる称号だ」
それは痛烈極まりない宣戦布告だ。
「言ってくれるじゃない・・・あんたこそ、帰ってきて早々、病院行きで決定戦に出れないなんてことにならないように気をつけなさい」
黄金の輝きは消えうせた。
代わりにどす黒い、あまりにもどす黒い炎がマリアを纏う。
「1カ月以上帰ってこなかったのはアイラのこともあるが、それだけじゃないんだよ。言ったはずだ、新しい私を見せると。おまえに勝つために訓練をしていたからだ。おまえに勝てると確信したから帰ってきたんだ」
「上等。口だけじゃないことを期待するわ」


ゴングが響き渡った。


つづく。

さすがに互いが互いをライバル、倒すべき相手として見なくてはいけない順位決定戦が2週間前に迫った日。
食事中も若干だが会話が減り、訓練も互いの手の内を見せない、個々の練習に切り替わっていった。
そんな少しだけピリピリムードが漂ってきた訓練中、4人は校内放送でミーティングルームに呼ばれた。
「こんな時期に何かしら?」
汗を拭いながらマリア。
「さぁ?順位決定戦の種目でも決まったんやないか?」
あいかわらず柔道着の桜子を見て、ボクシングなんかが決定戦の種目に選ばれたらどうするんだろうと歩は心配になってしまう。
「それはないわよ?だって決定戦の種目は前日に私たち全員のいるなかで私たちの誰かがくじを引いて決めるはずだもの」
マリアの口から大胆発言だ。
「そんなんで決まるの?種目ってそんな運任せなの?」
歩が驚いたが、マリアは当然といった顔だ。
「うん。だってそのほうが公平でしょ?そりゃ選ばれた種目によっては不公平感極まりない状態になるけど、仮に教官たちが今年はボクシングなんて言ったら、それこそ私が有利じゃない。それはただのえこひいきよ。くじなら最低それは無くなるわ」
「ああ、そっかぁ。そういう考えもあるかぁ」
歩がしきりに感心している。
「じゃあれか。今日はそのくじ引きか?」
桜子は何も話は聞いていなかったようだ。
「桜子、だからそれは決定戦の前日だって、今マリアが・・・」
セシリアが我慢できずにつっこんだ。


ガラリとミーティングルームの扉が開き教官が入ってきて、ひさびさのとりとめのない乙女たちの他愛も無い会話は終わりを告げる。
「練習中に集まってもらってすまない。急な話だが今日は新入生がきてな。その紹介のために集まってもらった」
「この時期に?」
マリアが怪訝な顔を浮かべる。
「決定戦2週間前やで。そんな時期に新入生て。どんだけうちら舐めてんねん。それとも腕に覚えあり、ってことか」
桜子も不可解といった表情だ。
「まぁ、腕に覚えはあるだろうな」
二人の疑問に教官は言葉少なく答えた。
「へぇ・・・」
マリアが腕を組み、教官を見る。
その視線が交わると教官は言葉を続けた。
「九龍の選手だ。バックボーンとしている格闘技はサンボ。かなりの名手と言っていい」
その言葉にマリアは激怒した。
相手が教官だろうと関係ない。ただ激怒した。
「ふざけないで!九龍ですって?サンボですって!?」
九龍。
アジアの超大国。
ヴィクトルやアイラの国、ロシアを買収併合した国。
国力の弱まっていたロシアを買収し、今年度のトライアスロンに参加した自国の代表である王鈴花の合格率を上げるためにアイラを棄権させた国。
しかもそれを代表である鈴花のあずかり知らぬところで話を進めていたのだ。
それは侮辱だ。
ただの下種な侮辱だ。
2人のアスリートに対する侮辱だ。
それだけでもマリアにすれば反吐が出るほどの国なのに、この訓練校に在籍していた親友ヴィクトルまで奪われている。
しかもヴィクトルの得意としていたサンボが特技だと、ふざけた事を言っている。
「今すぐ私とそいつの試合を組んでっ!サンボが得意だなんて言えないくらいボロボロにしてやるわ!少なくとも今年の武闘校でサンボが得意だなんてヴィヴィ以外に絶対に言わせない!九龍代表になんて絶対に言わせるもんですかっ!」
教官に食ってかかるマリアを歩たちがどうにか抑える。
3人がかりでようやく抑えられるマリアの激怒ぶりに、言葉の本気のほどがうかがえる。
「試合を組むのは構わないが、名手と言ったはずだ。マリア、おまえでも苦戦は確実だ。決定戦の前に怪我をするかもしれんぞ」
マリアが確実にキレた。
「言ってくれるじゃない。望むところよ。サンボだけで勝負してやるわ」
怒りのあまり顔に浮き出た血管が驚くほどうごめいている。
「落ち着けマリア。試合は組む。彼女からも今の自分の実力を見せたいと、その申し出があった。だが、その前に自己紹介がルールだ。いいぞ、入ってこい」
教官が新入生をミーティングルームに招き入れた。


ミーティングルームに入ってきた新入生は黒のスーツという正装だった。
その人にとってここがどれだけ神聖な舞台か、それをわきまえているいでたちだった。
マリアよりも少し高い身長で、目は真っ直ぐに進むべき方に向け、キリッと背筋を伸ばし、歩を進めるたびに揺れる髪はシルクのような長い銀髪。
その姿を見て、4人はまず言葉を失った。
マリアが顔を蔽い隠ししゃがみこむ。
「なるほど・・・なるほどね・・・納得だわ。確かに私でも勝てないかもしれない・・・」
「マリアってけっこう泣き虫だよね・・・」
「あんたこそ・・・」
歩とマリアは泣いていた。
セシリアは新入生に飛びつき抱きついていた。
新入生はそのセシリアの頭を優しく撫でている。まるでかつての妹に再開したかのように。
桜子はそっと新入生に拳を向けた。
新入生は、その桜子の拳に言葉なく自分の拳をぶつける。まるでかつてそうして一度別れたかのように。
「自己紹介、いいか?」
懐かしい声がミーティングルームに響いた。
4人は頷く。
「九龍代表・・・いや祖国からは母国の名で出場して良いと言われていたな。ロシア代表、ヴィクトル・バイルシュタイン。バックボーンはサンボ。それと拳法も学んできた」
ヴィクトルの姿がそこにあった。
「おかえりなさい、ヴィヴィ」
誰ともなく、そう呟いた。
「ああ、ただいま」
あの時から1カ月半の時間が流れていた。
5人は、再開した。
笑顔と涙に溢れた再開だった。


つづく。