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~長期間にわたって自宅に幽閉されたような生活~ 対話無き日々

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対話無き日々 ここまでをまとめ読み

~今の日本の高齢者は死への恐怖がとても強い~ 対話無き日々

 

のつづきです。

 

新型コロナウィルスが流行し始めた2020年あたりから、感染症対策と称して、

 

日本中の学校が休校となり、大学をはじめとする一部の学校ではリモート授業が

 

導入された。

 

学生たちは外出すること、友人と会うことも許されず、

 

長期間にわたって自宅に

幽閉されたような生活を

余儀なくされた

 

 

学校が再開されてからも、マスクの着用が求められ、食事は黙食が当たり前となった。

 

一部の保育園、幼稚園では、1人1人の園児をビニールのシートで仕切り、さらに

 

壁を向かせて昼食を取らせたという。

 

大学生らの中には、繁華街で酒を飲み、酔っ払う者も現れたが、その姿は

 

(感染症を広げる悪者として)全国に放映された。

 

つづく-> ~年寄りのことは年寄りが自分で何とかするから~ 対話無き日々

 

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対話無き日々 ここまでをまとめ読み

 

のつづきです。

 

人はいつか必ず死ぬ。

 

当たり前の真理であるが、一方で、生きている人は誰も体験したことが

 

ない未知なるものの代表とも言えるのが“死”であろう。

 

筆者自身もそろそろ高齢者のカテゴリーに入る年代なので、その親の世代は

 

概ね80歳以上である。

 

筆者の両親は既にこの世にいないが、同年代の友人たちから聞く親世代や、

 

仕事で出会う高齢者の方々の話から、今の日本の高齢者は

 

死への恐怖

 

がとても強いと感じる。

 

テレビで「身体に良い」という食品が取り上げられれば我先にと買いに行き、

 

塩分を控えろと言われれば、塩気の少ない味気ない食事で我慢する。

 

身体のあそこが痛い、ここが辛いというのは年を取れば当たり前なのに、

 

 

「ガンじゃないか?」「何か悪い病気なのでは?」と怯え、すぐに

 

病院へ行く。

 

検査を受けて悪い数値が出れば、医者に言われるままに薬だ、入院だ、

 

手術だと言って、病院経営をセッセと支え続ける。

 

つづく-> ~長期間にわたって自宅に幽閉されたような生活~ 対話無き日々

 

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江戸時代の貧しい町民や浪人の大部分は長屋住まいであった。

 

長屋とは、1つの建物の中で壁(仕切り)を共有する形で

 

複数の部屋がある集合住宅であり、1つの長屋に10家族以上が

 

暮らしていたケースもあった。

 

プライバシーへの配慮などは無く、薄い壁越しに他の住民の話し声が

 

筒抜けであったという。

 

炊事、洗濯、洗面などは共用の井戸で行われたので、井戸端では、

 

住民同士がお喋りをしながら洗面などをし、おかみさんたちは、

 

これもまたお喋りしながら日々の食事の支度をした。

 

皆が、それぞれの家族構成や仕事の内容などを熟知していて、

 

時には助け合い、時には喧嘩しながら、互いにお節介を焼き合うのが

 

当たり前というマインドで暮らしていた長屋も多かったようである。

 

そんな貧しい長屋暮らしを幸福なものにしていくためには、

 

 

住民同士が

対話を重ねながら

協力し合っていく

必要があった

 

現代のような選挙や、憲法、法律、条令といった階層的な

 

法(ルール)は無くとも、多くの長屋では

 

対話民主主義

 

とも言える、極めて民主的な共同生活が営まれていたという

 

ことであろう。

 

さて、我々が暮らす現代日本の生活世界は、江戸時代の長屋よりも

 

民主的であると言えるであろうか?

 

民主主義という言葉すら無かった時代の長屋の住民たちは、細かな

 

ルールやマニュアル、各種のシステムで統制、管理された中で暮らす

 

現代日本人よりも

遥かに充実した

民主的生活を

実践していたのではないか?

 

現代日本は民主主義国家であり、法の下に全ての人は平等である。

 

よって、我々日本人は、江戸時代に比べれば、遥かに洗練された

 

民主主義国家の一員となっているはずである。

 

 

さらに現代は、マンションやアパートのような共同住宅であっても、

 

個々の部屋に流しもあれば風呂、トイレもあり、壁越しに話し声が

 

筒抜けになることもほとんどない。

 

これはつまり、対話など重ねなくとも、全員が豊かで民主的な生活を

 

送ることが可能な社会に進化したということである!?

 

おそらく、「そうは思えない」という人の方が多数派なのでは

 

ないか。

 

現代の日本は江戸時代よりも遥かに豊かで民主的になったはずである。

 

しかし、今の日本人は、江戸時代の長屋の住民たちよりも多くの

 

不公平感や将来不安を抱え、そこからくる苛立ちや不平不満を、

 

自分の胸の中だけに内包しながら暮らしている。

 

 

法や選挙は完備されていても、これでは、皆が幸せに民主的な生活を

 

送っているとは言えないであろう。

 

仮に、現代日本よりも江戸時代の長屋生活の方が民主的なのであれば、

 

我々は、

 

民主的な制度の下に

民主的な生活を営みながら

長い年月をかけて

極めて民主的に

民主主義を壊してきた

 

と言えるのかもしれない。
 

つづく-> 対話無き日々 ここまでをまとめ読み その2

 

【参考文献】

畠山健二:本所おけら長屋 シリーズ, PHP文芸文庫,2013~ 
(江戸時代の長屋の暮らしをテーマにした小説や資料はこの他にも数多く存在する)

 

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