労働者は賃金請求権を放棄できるか?(最近の最高裁の思考方法を踏まえて) | 労働弁護士戸田マイクの「人生応援団長」

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労働弁護士戸田マイクです。

極めて久々の更新です。生きてます。

 

独立後、なかなか更新する時間がとれなかったのですが、これから気まぐれでも更新をしていいこうと思っています。

 

さて、久々過ぎて、自分のブログスタイルを忘れてしまったので、自由に書きます。

 

今回のテーマは、「労働者が賃金を放棄することができるかどうか」です。

久々の割には地味ですね。

 

たとえば、こんなケース。

 

月給20万円のマイクさん、10月は休むことなくフルで働きました。

さて、社長から

「マイク君、大変申し訳ないんだけど、ちょっと今月は資金繰りが厳しくてね。今月の給料は15万円で勘弁してくれないか」

と、酷なお願い。

 

「えー!それは困りますよ」となりますよね。そりゃそうです。

 

でも、優しいマイクさんは、

「社長の頼みだし仕方ない・・・」

と不承不承、「10月分の賃金を15万円にすることに同意します」という書面にサインして差し出しました。

 

マイクさんは、5万円の賃金請求権を放棄したことになりますね。

さて、これが許されるのか、という問題です。

 

労働基準法を見てみましょう。

労働基準法24条は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定められています。賃金の全額払いの原則です。

 

当たり前ですが、賃金は労働者の生活の糧です。

一度決められた賃金がころころと変わってしまったら生活できません。

 

上記の賃金全額払いの原則は、強行法規として、基本的には排除することができないと言われる由縁です。

 

そうすると、賃金の放棄は一切できないのか。

実はそうではない。

 

シンガーソーイングメシーン事件(最二判昭48年1月19日)は、退職金請求権の放棄が問題になった事件ですが、「労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、その旨の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくことが明確でなければならない」と判示しています。

この判例は極めて重要です。

 

あれ?強行法規のはずなのに、最高裁は放棄を認めているんですね。

 

ただ、「労働者の自由な意思に基づくことが明確」との限定で縛りをかけるわけです。

 

つまり、単に減額に同意しただけではダメ。

仮に「放棄します」の一筆を取っていたとしても、それだけではダメでしょう。

 

生活の糧になる賃金を放棄することを納得できる説明は当然前提となるでしょうし、さらに言えば、賃金放棄の見返りとなる労働者のメリットが何らか必要になるケースが多いのではないでしょうか。

 

上記シンガーソーイングメシーン事件では、退職金の放棄が認められていますが、これは労働者の使い込みの填補というメリットがあったケースでした。

 

結局、賃金の放棄はそう簡単に認められるものではありません。

 

まあ、労働者は弱い立場ですから、社長に強く言われたら断り切れませんもの。

簡単に放棄が認められたら困ります。

 

ちなみに、今回このテーマを取り上げたのは、先日、全国労働基準関係団体連合会が主催する「個別労働紛争解決研修」で、私の恩師である菅野和夫教授が、このテーマを非常に重要視しておられたからです。

 

(ここから先は少しマニアックな話しをします)

 

固定残業代についての重要判例といわれるテックジャパン事件(最一小判平成24年3月28日)でも、なにげにこのシンガーソーイングメシーン事件が引用され、賃金の放棄の有効性が議論されている。

これは、残業代を固定にした場合に、本来もらえる残業代を放棄したことになるのか、という問題です。あまり普段意識しない議論だと思います。

 

また、就業規則の不利益変更の同意の有効性について論じた山梨県民信用組合事件(最二小判平成28年2月19日)でも、シンガーソーイングメシーン事件が引かれている。

就業規則の不利益変更に関する同意についても、「労働者の自由意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか」という枠組みで判断する。

もはやここまでくると賃金の放棄の議論の枠組みを超えているような気がします。

 

最近の最高裁の考え方は、賃金放棄などにとどまらず、労働者が不利益を受ける場面での同意について、安易には認めない枠組みをもって判断していますね。

 

上記の最高裁判例以外についても、こうした傾向は暗に見て取れる(妊娠中の軽易業務転換が問題となった広島中央保険生活協同組合事件も同傾向でしょう)。

 

使用者側が労務管理を行う場合に、単に「書面で同意をとったからよし」とすることにはリスクがある、ということです。

 

久々ですが、長々と書いてしまいました。

次回お楽しみに!(いつになることやら) 

 

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