「・・・・あれ、なんだ・・・雨あがっていたんだ」
厚い雲の隙間から細い日差しが幾筋も射していた。サヤは傘を閉じ、バックを肩にかけ直した。ここ数日の雨のせいで今日も部活はお休みだ。正直にいえば体育館での練習がだるいので、適当な理由をつけてふけっていた。別に部活が嫌なわけでもないけど・・・中学インターハイに向けて特訓やら、先輩後輩への気遣いなどなどなど・・・何だか鬱陶しい。
このまま家に帰ろうかどうか考えながら、サヤはトボトボと歩いていた。
「・・・あそこだけ、何だろう?」
丘の上の桜山記念公園に白く傘のような靄がかかっていた。どうせ早く帰ってもすることもないし、遠回りしてみるかと公園に向かった。
桜山記念公園は元々あった雑木林の丘を利用した、環境保全を兼ねた森林公園だ。サヤには遊歩道と芝生広場ぐらいにしか印象に残っていなかった。
サヤは公園の前までやって来たが・・・ふと、バカらしくなってやっぱり行くのを止めようと振り返った。
「ミヤザワ君・・・」
同級生のミヤザワ君がいた。手にはスキューバで使う足ヒレを持ち、頭にはゴーグルを着けていた。
「あれ、変なところであったね。部活は?」
サヤは「別に・・・、関係ないでしょ・・・?」と、そっけなく応え
「そっちこそ、こんなところで海水浴?」と聞いた。
「う~ん・・・当たらずとも遠からず、というところかな~」
ミヤザワ君は丘の上の靄を見つめ、「急ぐから」と、公園の中に入っていった。
陽が射し気温が上がったせいで、ムッとした濃密な空気が公園に満ち満ちていた。ぬかるんだ地面から、雨に濡れた木々や草花から・・・猛烈な水蒸気が立ち上っていた。
サヤは蒸し暑くて何度も汗を拭いながら、気づかれないようにミヤザワ君の後を追っていた。
ミヤザワ君は今学期にやって来た転校生で、何か他の男子とは違う雰囲気があった。まあまあ勉強もできるし、冗談も通じる気さくな感じなんだけど、どこか見ている所が違うというか・・・危なっかしい不思議なものの見方をして周りを驚かせた。そんな訳で、女子の間では「不思議ちゃん」と言われ密かに注目されていた。
「足ヒレなんか持ってホント不思議ちゃんだよ・・・」
ミヤザワ君は丘の上にある公園の記念館に通じる遊歩道を登って行った。たいした丘じゃないのに、登って行くとドンドン靄が濃くなり、ミヤザワ君の背中が靄で見え隠れしていた。それにすごい湿気だ・・・髪の毛やシャツが肌に張り付いた。
「早くシャワーを浴びたい・・・」などと考えているうちに丘の上に着いた。
記念館は白い靄の中に灰色の影のように建っていた。この建物は元々ここにあった古い洋館だった。周りには桜がいっぱい咲くので時期にはたくさん人がやって来るが、今の時期、とくに今日みたいな日に来る物好きは、ミヤザワ君ぐらいだろう。
「・・・ミヤザワ君、どこに行ったんだろう?」
サヤは記念館に沿って探しに歩いてみると、地面より数段高い舞台のようなテラスの前で、ミヤザワ君に呼び止められた。
「ついてきちゃったの?」
「・・・あなたこそ何て恰好しているの!?」
ミヤザワ君は海パン姿で、着ていた服を持っていたビニールのザックに押し込んでいた。
「これから泳ぐんだよ!」
「・・・泳ぐってどこでよ。ここにプールなんてないよ・・・」
「あるさ、さっき君も言ったじゃないか。海だよ、大気の海さ!」
そう言うと、ミヤザワ君は靄をかき集めるかのように両腕伸ばし泳ぐしぐさをした。
サヤがポカ~ンとしていると、「まぁ、見ててごらん」とミヤザワ君は変な準備体操をしてから、足ヒレとゴーグルを着けテラスの端に立った。
「ソレッ!!」
掛け声とともにジャンプすると、大きく両腕で平泳ぎをするように靄の中をかいた。するとグンッとミヤザワ君の身体が空中に浮かんだ。そして、足ヒレを使ったバタ足をすると、ひと漕ぎするたびに空中の靄の中に潜り込んで行った。
「どうだい!泳げるだろ!」
ミヤザワ君は空中の靄の中を飛んでいるのではなく・・・、ゆっくりと靄の中を上に下にと泳いでいた。サヤはビックリして返す言葉もなく
「・・・あなた・・・何なのよ??」と、つぶやくのが精一杯だった。
「これだけ水蒸気のある濃密な靄だったら、大気をつかまえて泳ぐこともできるんだ」
ミヤザワ君はそう言うと、君にもできると言った。
「君は陸上の走り高跳の選手だろ?素質はあるよ」
ミヤザワ君は競泳の選手のようにくるっとターンしてテラスに戻って来た。全身びしょ濡れでハアハアと息をつきながら、足ヒレを着けたままペタペタとサヤのところまで降りてきた。
「ビックリした?僕だって越して来て、ここで大気で泳げるとはビックリだよ!」
サヤは「何でこんなことができるの??」 と、ミヤザワ君に何度も聞いてみたが、ミヤザワ君は話をそらしてなかなか応えようとはしなかった。逆に一緒に泳ごうよとサヤを誘った。
「無理に決まっているじゃない!」
「騙されたと思ったつもりでやってみな。漂っている靄を水のようにイメージして、ジャンプの一番高い地点で大きく腕を振って漕ぎ出すんだ」
ミヤザワ君がこんなに強情だとは思はなかった。あんまり一生懸命に言うので、サヤも一度だけならやってもいいかなと思えてきた。
「私は高跳びしているから、助走つけてやってみるから・・・」
ミヤザワ君は「全然OKだよ」と、喜んで言った。サヤは持ち物を地面におろすと、10メートルほど後ろに下がった。
サヤは走る態勢をとった。ぬかるんだ地面、制服でおまけにスカートなので動きづらいし踏み込めないな・・・と思ったが、すぐに打ち消した。そして、ジャンプする中空に高跳びのバーと靄の中に海をイメージした。
風が吹き、後ろからやって来た大きな靄の塊に包み込まれると真っ白になった。
「今だ!!」サヤの中で声がして、走り出した!
一瞬の出来事だったような気がする。腕を振るとき何かに触れ、それを振り下ろしたとき身体が浮き上がった。2・3メートルは普段より飛んだような気がした。
落ちたときミヤザワ君が抱き留めてくれなかったら怪我したかもしれなかった。
「すごい!本当にすごいよ!一緒に泳げるよ!!」
ミヤザワ君が本当に感心したように喜んだ。
少しすると靄が薄くなってきて、私たちの住む町へ靄が流れていくのが見えた。
「もう晴れちゃうな。僕はこのまま靄に乗って泳いで帰るから。じぁあ、また!」
そう言うと、ミヤザワ君はビニールのザックを背負って靄の中に飛び込んだ。サヤの上で一回りすると、町に流れていく濃い靄の中へ泳いで行った。
次の日、ミヤザワ君は何もなかったように普段どおり学校に来ていた。サヤの方は自分からどう切り出していいのかわからなかった。ミヤザワ君もサヤと雑談はするけど、昨日のことは口にしなかった。そして、何日か過ぎていくうちに・・・
(あんな非現実なことあるわけがなく・・・公園なんかにも行ってなくて、いつか見た強烈な夢を昼間、思い出していたのでは・・・?)
サヤは、そんなふうに思い込もうとしていた。
また、梅雨空が戻って何日も雨が降り続けた。部活は校庭が使えないので、体育館での練習の日が続いた。練習の合間、開け放れた体育館の扉から雨の校庭を眺めているとミヤザワ君がやって来てサヤを呼び出した。
「明日、公園に靄がかかりそうだ。今度は水着を着て来いよ」と言って、足早に体育館から出て行ってしまった。
「もう・・・、聞きたいことがあったのに・・・」とつぶやき、サヤは雨の中走るミヤザワ君を目で追いかけていた。
そして、可愛い水着あったかな~と考えている自分を見つけ・・・あわててしまった。
おわり
また妙なお話を書いてしまいました。梅雨になりましたが、この頃はしとしと降らなくて、いきなり土砂降なんで怖いですね~。
人気ブログランキングへ