ACT 10
何でこうなるん?
千雪は一つ溜息をついた。
もう昔のようにはいかないだとか、見慣れた町並みもよそよそしいだとか、散々ぐちぐちとスネまくっていたとはいえ、一方では、諸々の面倒なことやうるさい都会の喧騒から逃避して、静かにひとりでぼーっとした時間を過ごしたい、とも思っていたのだ。
「ビールと焼酎、どーんと差し入れや!」
キッチンのドアが開いて、実家の酒屋を継いだ島田がビールの大瓶をひとケースと一升瓶を持って現れた。
「何や、ビールワンケースか、一郎、けちくさ」
おおーっという歓声の中、不満の声もあがる。
「哲、お前の付けなら、何ぼでも持ってきたるで」
「お前、しがない不動産屋の社員に、んなことさせんなや」
急遽、居間に二つつなげられたテーブルには、寿司にピザ、サラダにクリームチキンパイ、ローストビーフ、魚介のマリネにトマトとイカのパスタなどがところ狭しと並べられている。
「千雪、ここの新しいグラス、使こてもええ?」
「何でも使こて」
思い思いに座ったり立ったりしている間を縫って、グラスや皿や箸を置いたり、キッチンで料理を作ったりしているのは、親戚のカフェバーで働いているという、包丁さばきも板についた井原と京助だ。
「せぇけど、こう、見渡してもなんや花がないんは、何でや?」
「ほんまや、千雪、お前のおっかけしてた、女学院の子ぉら、どないしてん?」
「うちのガッコにもいてたやろ、わんさか、何人かみつくろってこいや、千雪」
「どんだけ昔の話やねん」
同級生やら剣道部員ら総勢十五人程が集まっている。
二十三歳ともなると大方が社会人になり、家庭を持っている者もいるし、すっかりオッサンじみていたりする。
「そこいくと、千雪、ほんま、変われへん、まんまやんか」
無精ひげもワイルドな安川は教員をしているという。
「けど、あの小説家の小林千雪は、一体何やねん? 別人か?」
この場に集まった皆がいつ切り出そうと思っていた疑問を、安川がやっと千雪にぶつけた。
「ああ? んなもん、あれや、金田一耕輔を目指してん」
「何やね、それは」
「せっかく物書きやるんやったら、こう、おもろいことやってみたかってな、ちょっとコスプレしてみたんや。そしたらすっかり信じ込まれよって、編集とかも」
ガハハハと笑う安川につられるように周りに笑いが起こる。
「わかったわかった、もし、この辺りに取材とかきよっても、話合わせとくし」
酒屋の島田がきっぱり言った。
周りも、おっしゃ、わかったと頷く。
「そら、助かる」
千雪は笑う。
「こんばんは」
玄関から聞こえてきた声に男たちの笑い声がやむ。
「きたで! 花が!」
千雪よりも早く、ドアの近くにいた男どもがわれ先と玄関へどたばたと向かう。
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