1.宇宙空間に再現する地球環境

 私が環境や持続可能性に興味があると認識したのは、子供のころにアメリカのオニール博士が提唱したスペースコロニー計画を知ったときであった。スペースコロニーは宇宙空間に地球環境と変わらない巨大な居住空間を出現させる構想でそのころは21世紀には実現するとされていた。

 私の関心をかき立てたのは宇宙で生活できるということばかりではなく、それ以上に地球環境をいかに再現するかという様々な工夫に対してだった。いうまでもなくヒトは宇宙空間で生存することはできない。遠心力を利用した重力、植物と共生した大気の維持や食料確保、エネルギーの生産、廃棄物の再資源化など、スペースコロニーは自らの中でほぼすべてを賄わなければならない。そのためにそこには、今でいうところの持続可能性を実現した社会が描かれていた。このような空間が実現できる可能性に強い期待を覚えたものである。

 昨今においても例えば火星移住計画においてはいかに地球環境を再現できるかが課題となっている。実際に地上の密閉空間の生態系で人が生活するというバイオスフィア2のような実験も記憶に新しい。

 

2.生態系としての地球環境

 上記のような閉鎖環境で人工的に持続可能性の高い環境が再現できるのであれば、逆に私たちは地球環境自体の持続可能性を高めることもできるのではないか。限られた資源を貪り奪い合い汚染しながら発展する社会ではなく、循環させながらもっと効率的で、かつ真に豊かで平和な社会を築くことができるのではないか。実際、エネルギーと温暖化効果ガス、水質汚染、大気汚染などの環境問題が解決できるように思われた。

しかし、上記で求められている環境は、地球の環境というよりは私たちヒトにとって都合のよい環境の再現を目指したものといえよう。バイオスフィア2の例では地球の複雑な生態系を再現することができないためにヒトが生存できる環境を維持することが非常に困難であることを目の当たりにしたといわれている。このようにヒトが今生きているこの環境は地球という場が提供する絶妙な生態系の中で成り立っていると考えられる。

では、実際に私たちが目指すべき環境はどう定義すればよいのだろうか。

 ひとつは徹底した生態系の保全であると考える。先に述べたように複雑な地球環境の要素をひとつひとつ数値化してあるべき姿を述べることは困難である。私たちの経済活動が地球環境に影響を与えることなく、大地と海洋、大気や微生物に至るまで数十億年かけて構築されてきた生態系を維持し共生することである。そのためには徹底したゼロエミションの取組みが求められる。温室効果ガスでいえばカーボンニュートラル、カーボンオフセットとして具体的に目標化されてきているが、環境全般に対して循環型社会構築への取組みが必要であろう。これらは経済活動個々に対応できるものではなく、まずは地域循環圏を、さらに地域で循環しきれない場合は重層的に広域循環圏を広げ、私たちが産業革命以来顕著に与え続けていた地球環境への影響を低減し、持続可能性を担保した社会を実現させる構想が必要である。

 それでは目指すべき環境とは地球から与えられるAS-ISということになるのだろうか。環境へ影響を与えるのは私たちの経済活動だけというわけではない。太陽活動や地球のマントル、プレート活動、様々な天体レベルのマクロな変化が現在の地球環境に影響を及ぼし続けている。その中で地球は数十億年にわたり生命を育む環境を築き上げてきた。あるべき環境の姿をヒトが快適に生存できる環境としたとき、その環境は現在の複雑な生態系そのものであると述べたが、ではその生態系の実態とはどのようなものでどう維持されているのであろうか。それは私たちがゼロエミッションで保全すれば持続可能というわけではなかろう。

 そう考えると、次に目指すべき環境とは、生態系とマクロ環境のバランスの保持であり、そのために私たちはある程度環境への関与をすべきと考える。まずは生態系起点であるべき環境の全体論について総合的な議論を深め、保持するための個々の技術要素の研究開発が必要となるであろう。

 

3.あるべき環境実現へ

 今回、環境工学を学んでみてそのターゲットが温暖化問題はもちろんのこと再生可能エネルギーから循環型社会まで広範であることに驚いた。時代の要請で工学の役割は変化していくものと感じた。

 2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標)を示して以来、経済活動も巻き込んで世界の潮流が激変したと言われている。ただし国内の意識は周回遅れともいわれ有識者の間では危機感が漂っている。特に経済に直結するのはESG(環境・社会・企業統治)投資へのシフトであろう。ESG投資は実質的にSDGsを指標にしているとも言われており、今やSDGsを考慮していない経済活動は成り立たなくなってきている。

 このような世相を背景に、環境工学はSDGsの達成を可視化する重要な役割を担うことができると考える。そのために必要なのは膨大なデータに立脚したアセスメントやシミュレーションの確立と普及であろう。

 私は長年、情報処理技術者として持続可能な社会実現のために貢献したいと考えていたが直接的な貢献をするには力不足を感じていた。しかし、今やあらゆる活動にDX(デジタルトランスフォーメーション)が浸透しつつある。SX(サステナブルトランスフォーメーション)という言葉も聞かれるようになっているが、その実現のためにも私たちは環境DXともいうべき新たな分野を見据えて推し進めていくべきと考える。