治療を振り返って | 不妊治療 & 国際結婚 in アメリカ

不妊治療 & 国際結婚 in アメリカ

アメリカ人と結婚してかれこれ10年経過。1年間自然妊娠を願っていましたが、夢は叶わず。37歳から本格的な不妊治療開始、人工授精3回、体外受精3回、凍結胚移植を含む計5回の移植。自然妊娠⇒6週目完全流産、顕微授精→8週目稽留流産。現在39歳です。

テーマ:

次のウルトラサウンドまで、まだまだ1週間以上待ち、、

やっぱり長く感じますかお



今までの治療の事を振り返っていました。

1、医者について

お医者様は、沢山の患者を看て来てお勉強も沢山してきて、私達よりも知識があるのはあたりまえ。
もちろん尊敬する存在です。
彼らがいて、不妊治療者が救われるニコニコ

だけど、そのお医者様を100%信じてただただ着いて行くだけでは、結果がでない事もある。
時には、お医者様を信じる事も大切だけど、
患者の私達も、基本的な知識は勉強して、

「今何が起きているのか?」
「治療法は私に適しているのか?」

そして、自分の治療経過を自身の頭に入れる

いつも治療について興味を持っているのも大事。
医者にとって、私達は大勢の中の一人。
自分の事は、自分でケアしていないと後で後悔するのは自分。。。えっ


私も始めの頃は、不妊治療について無知でした。。。
妊娠の仕組み、卵巣老化、染色体異常、不育症、男性不妊、、、
そして胚培養、、、胚盤胞=Blastcystについても何も知らず。。。

OBG=婦人科医を頼るべからず。
OBGは不妊専門医ではないので、不妊に関しての知識は基礎だけ。


私の始めの不妊病院AのドクターCは本当に、私の不妊を個人的に考えてくれなかった。
35歳以下の人達は、数打当たる!でも大丈夫ですが、37歳以上の人達は
若い人達よりも、輪をかけて医者に注意した方がよいと思いました。

ドクターCには胚盤胞移植も尋ねたのに、結局8細胞=3日目胚移植(採卵→受精は9胚ぐらいあった)をし
相談もなく、3つの胚を移植されました。

凍結胚にするための残りの胚は、胚盤胞まで辿り着けてくれましたが、、

しかも、1度目のICSI が失敗したのにも関わらず、
原因は
『年齢ですね。。。あなたの年齢の成功率は1/3=3回に1回の成功率。
採卵には満足だったから、また同じように治療をしましょう

ヾ(@°▽°@)ノと言われ、、、


「また治療法はすべて同じですか??」と再度尋ねたのに

考えを変える様子もなく、、、

私は転院を決意しました。



2、病院は患者の情報を本人にはオープンである事



不妊病院Aでは細かな数値は言ってくれず。。
こっちが強く聞かないと言わない。

病院Bでは、
内膜の厚さ、エストロゲン、FSH、胚の受精状況、卵胞数&大きさ
色々な数値をオープンにしてくれて、自分の気持ちも楽になりました。



3、譲れないものは譲れないと主張


、、、しても駄目な時は駄目ですが、、

転院後のB病院でのICSI2回目+PGSを行い
正常胚と結果が出た二つの胚を移植したドクターGに
私と旦那は疑問。。。
これまでに、移植は5回してきたので
『移植とはどんなものか??』となんとなくわかっていた私達。
その医者の移植は、私達にとってぎこちなく感じ、患者とのコミュニケーションもなく
移植後、膣をオープンにする器具を取り外す時にも乱暴に取られ、、激痛。

もちろん、結果は陰性。
これが理由かはわからないけれども、移植の技術も大事。

この病院での移植は計4回。

1回目、ドクターF =hCG<3
2回目、ドクターA =一卵性双生児妊娠/流産
3回目、ドクターG =hCG<1
4回目 ドクターA =現在妊娠継続

過去を振り返っても、
このドクターGだけが陰性。しかも、PGSをして移植した正常胚2つだったのにむっ
この病院でのディレクタードクターAは、移植時に
「あなたの膣から子宮?、まで少し曲がっているからちょっとした器具を使うわね。」
と言って、移植してくれ
今回の移植も、彼女が行った2回目を覚えていて同じように移植してくれました。

過去のブログでも書きましたが、今回の移植は運悪くドクターGになっていました。

嫌な記憶がよみがえり、ディレクターのドクターAに移植直前まで「移植する医者を変えて欲しい。」
と主張しました(もちろん理由を言いました)。
看護士、電話オペレーター、メール、、色々点々と連絡をさせられ本当に大変でしたが、
移植する直前に、移植医はドクターAがする事になりました。


ドクターAは「我が病院のすべての医者の成功率は平均的に同じです。心配しないで」
と言っていましたが、
各個人子宮の形も違うんだし
ドクターAのように慎重に移植してくれないと、結果も出ない気が。。。

そのままドクターGが移植していれば、この妊娠はなかったかもしれない。。。と思うと
粘って良かったです。



4、色々な知識


私も、まだまだ知らない事は沢山あります。
だけど、2年前の日記を読むと、、その時は本当に不妊に関しては無知だったんだなぁ。。。と思いました。

流産について~

初期流産1回は多くの人に起きる現象なので、それほど気にしなくて良い。
ですが、流産2回目からは少し注意した方が良い。

12週までの初期流産は、ほとんどの場合子供の染色体や遺伝子異常ですが
母親に原因がある=不育症
母親か父親のどちらかが遺伝子転座の持ち主の場合もある。
不育症であれば、治療法はあるし、
遺伝子転座の場合は、PGD(着床前診断)という方法があります。

私は、B病院でのICSI1回目が沈没した時に
医者に私からお願いして、不育症検査をしてもらいました。
これも、、私の知識がなければ行っていなかった事。。。

流産2回目の時は、病院側が「赤ちゃんの染色体検査」を申し入れてくれたので
原因追及のために、お願いしました。
もちろん、染色体異常がみつかりました。

もちろん、妊娠中は母体を冷やしていはいけないし、疲れ過ぎやストレスの貯め過ぎもいけない。

だけど、基本的に初期流産は赤ちゃんに原因がある事を身にもって勉強させられました。
母親は何もできないのです。お母さんのせいじゃありませんニコニコ

どんなに若いお母さんでも50%の確率で染色体異常の子が受精し着床してしまう事がある、ただ自然妊娠では、お母さんの知らない所で化学的流産になっているそうです(生理が遅れたと感じているだけ)。

胚盤胞に辿り着いたり、強く見えたり、グレードが良い胚でも、
38歳~40歳までの正常胚率は平均30%
3つに一つが正常です。
胚のグレードは、病院によって付け方が違います。

PGS 又はPGDをしてみない限り、真の胚状態はわかりません。
そのため、私の病院では胚のグレードはつけません。

培養士が、「移植に十分な胚か?どうか」を判断します。

37歳~41歳までは、今回の採卵で正常胚が0でも、いつか正常胚ができる可能性もある。
42、3歳を超すと難しくなる。。。




プロトコールや胚培養について~


体外の誘発剤は色々な組み合わせがあるそうです。
結果もでないのに、同じような処方で行く病院は少し考えた方が良いみたいです。

培養士&培養技術も病院によって違います。
A病院よりもB病院の培養環境は数段素晴らしかったです。
もちろん結果も違いました。

(‐^▽^‐)



私は、今考えると
結果は年齢平均でした。

顕微授精=計3回
移植=計6回
そのうち、2回妊娠(今回も含む)

医者が良く言う、「1/3の成功率」そのまんま。

やはり、39歳~40歳の
正常胚率平均は1/3

しかし、治療を振り返ると
A病院での顕微1回+凍結胚移植=両方沈没

転院後の
B病院では、顕微1回目(胚盤胞7つ)
の新鮮胚でhCG<3(BT14)とちょっと陽性が出て
次の凍結胚移植で妊娠。

B病院に始めから行っていた方が、もう少し早く結果が出たんですよね。。。
まぁ、、A病院のおかげて色々と勉強しましたが。。

そして、今回の妊娠も
B病院の顕微1回目の残りの凍結胚


年齢、年齢、、って平均を言われるけれど
やはり病院の技術、環境は本当に大事だと感じました。


卵巣刺激や、採卵結果、胚培養について疑問がある病院は、
勇気を持って、転院する事をお勧めします。


私も、転院するにあたっては本当に勇気がいりました。
同じ病院なら、検査も一からしなくて次に進めるし、体力的にも楽なんですよね。。。。
だけど、素人なりにも患者が疑問!?に思うという事は
病院側にもなにか原因があるのだと思います。



5、旦那の協力と理解


稀に、始めから協力的な旦那さんもいるようですが、
うちの旦那は、自分にも原因があると発覚したのに
不妊治療に関しては、

自分から調べものなんかしない
私に今何が起きているのかなんて興味なし
赤ちゃんは誰かが連れて来てくれると思ってる

ただ私に言われるまま着いてくる。。。むっ

本当にイライラしたし、悲しくなりました。

プチ家出も2回

何度、泣いて叫んだ事か。。。

何度喧嘩した事か。。。。。。


旦那が変わりだしたのは、B病院に転院して
顕微授精1回目が失敗した頃から。

私の異常的な、失意、、、無力、、
私もこれ以上、自分だけではがんばれない、、と感じ

病院のコンタクト
薬局とのコンタクト
注射の準備

を強制的にしてもらうようにしました。
仕事で忙しい!?と言う理由は
私は受け入れませんでした。


それでも、肝心な事を聞き忘れたり、、

「あぁ、、結局私がコンタクトした方が早いじゃん。。。」


(;´▽`A``  と2度でまになった事も多々ありましたが


相手を治療に少しでも参加させる事で、少しずつ変わって来ました。

時間はかかりましたが、私はこうしてみてよかったと思います。



6、友人関係



治療を初めてから、友人関係も変わって来ました。
不妊もなく苦労なしで幼い子がいる人とは、距離をおくように。。

始めは無理に付き合っていましたが、
経験なしの人に、自分の状況を理解してもらうのは無理。
ちょっとした慰めの言葉が欲しかったのに、逆に傷つけられる。

かと言って、子供がいない友人に相談しても自分の心は癒されない。
でも時々、愚痴を聞いてもらいたい自分もいた。
あるとき、
「私、、今回で移植6回目になるんだ。。。いつになったら。。」

と言ったのですが、
「まだ6回でしょ!?」と言われました。
もちろん彼女は、まだ子供を作る予定なしの高齢に差し掛かった友達。
人工授精から数えると、9回、、、1回づつが本当に大変なんですよね。。。。

「大丈夫大丈夫!!知り合いは42歳で出産したから!!」
と言う。。。
不妊者に、『大丈夫!!』という一言は通じない。
私達は発言に根拠ないと理解に苦しむ。


相手は私達を励まそうと思って言う言葉。
だからこそ、相手を悪く思いたくない。
だから、やっぱり気持ちを打ち明けるべきではなかった、、と思うんですガーン



1回1回が大変な治療をし、期待をしていた後の沈没結果を乗り越える大変さ
誘発時の不安(どれぐらい卵胞ができるか)と薬の副作用との戦い
通院する空しさ
採卵後、受精経過報告時の毎日のドキドキ感
嫉妬、不平等感、悲しみ、疑問、期待、、、


経験者にしかわからないんですよね。。
かと言って、経験者だってみんな状況&経過は異なる。

仕方がない事、、、だから不妊治療者は孤独になって行く。

そんなとき、一番側にいてくれる旦那に寄り添えないと、私達は前に進めない。



これから、もっと不妊治療の過酷な現実について
正しい理解がされるようにと願っていますニコニコ






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